【石母田星人 選】
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引揚船の乾パンうれし終戦日 石巻市広渕/鹿野勝幸
【評】短い俳句は、多くのものが省略されている。読者は省略されたものを探し当てながら句を味わう。俳句を味わうということは、想像を膨らませるということなのだ。この句では容易にそれができなかった。引揚船の中で乾パンを食べるうれしさが、どれほどのものか、戦後生まれの私には全く想像できなかった。同じはがきには<母の亡き引き揚げなりし終戦日>の句もあった。作者の5歳の記憶だ。毎年、貴重な戦争体験をこうして詠んでもらっている。感謝しかない。
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花合歓の雨が汽笛をふくらます 石巻市相野谷/山崎正子
【評】いつも聞いている雨中の汽笛が、合歓の花をくぐり抜けて優しく膨らんで聞こえた。淡紅色の花が長いまつげで魔法をかけた。そんな想像も浮かぶ。
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天日干し梅もほっぺも赤くなり 石巻市門脇/佐々木一夫
【評】間隔を取って並べた梅を、一つ一つ裏返して満遍なく日を当てる。天日干しも面倒な作業。ここで省略されているのは、頑張ってお手伝いした女の子。
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盲目の弾むピアノや喜雨の中 石巻市丸井戸/水上孝子
【評】「喜雨」は長い日照りが続いた干ばつ状態に降る雨。天才ピアニストの生演奏を聴いたのだろう。ホールを満たす音は正に喜雨のイメージだったのだ。
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ひもじさをかさね続けて終戦日 東松島市矢本/雫石昭一
神降りて来よ炎天の大欅 石巻市桃生町/西條弘子
海の日やシャッターに描く赤い蛸 石巻市中里/川下光子
糶人の笑顔は少し初秋刀魚 石巻市蛇田/石の森市朗
えぐられし杣道険し七変化 仙台市青葉区/狩野好子
心音に歩調を合せ青田道 石巻市小船越/芳賀正利
南風背中に受けて田巡りす 東松島市矢本/奥田和衛
単線の暗きカーブの今年竹 石巻市流留/大槻洋子
隈取の筋の深さや秋の夜 東松島市新東名/板垣美樹
ビアホール見知らぬひとの隣かな 石巻市蛇田/高橋牛歩
月山に挑む一家や玉の汗 石巻市吉野町/伊藤春夫
風見鶏微動だにせぬ夏至の朝 石巻市新館/高橋豊
一校に決め背水や立葵 石巻市開北/星ゆき
全国を結ぶ体操夏来たる 多賀城市八幡/佐藤久嘉
車窓から音さえ久し遠花火 東松島市あおい/大江和子
孫の手を引けばさざ波夏の浜 石巻市駅前北通り/津田調作