短歌(8/21掲載)

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【斉藤 梢 選】

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新聞の切り抜き用に今はなる子供二人の髪切り鋏   石巻市羽黒町/松村千枝子

【評】長い間使ってきた鋏。幼い子供たちの髪を切ってあげた記憶を胸に、今はその鋏で新聞を切り抜いている作者。この一首に蔵(しま)われている、家族の歴史と作者に流れた長い時間を思う時、短い詩型の短歌が、実は深くて大きな器であることに、あらためて気付く。昭和の時代の子供の姿がふと浮かび、懐かしい思いがして、繰り返して読むうちに、この「髪切り鋏」がとても愛しくなる。物を大事にして、新聞の記事を切り抜くことで社会と関わり、思い出と共に、丁寧に暮らす作者の姿が見える。

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あの日から水はイノチと深く識り名水ボトルを箱で買い置く   多賀城市八幡/佐藤久嘉

【評】「あの日」とは、東日本大震災が発生した三月十一日であろう。被災して、断水の日々を暮らした記憶があるからこその「深く識り」。体験から知り得たことは、その後の生活に教訓となって生きてゆく。「箱で買い置く」ことを、ずっと続けてきたことが、震災が「大震災」であったことを示しているとも思う。震災から十一年と五か月、災禍を忘れることはない。

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昨年(こぞ)の秋種を賜いし江戸風情の清らに咲きて友をし偲ぶ   石巻市駅前北通り/庄司邦生

【評】作者が花に見ている「清ら」を思う。花の名をあえて詠まずに、朝顔を表現しているところが趣深い。友からもらった種の命。友を偲ぶ心に寄り添う朝顔の花。暑さの中にある小さな泉のような花。

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プラゴミを食べて死にたる海鳥よ身をも挺して汚染知らすか   東松島市矢本/高平但

【評】「身をも挺して」と作者には思えたのだろう。この一首には、詠まずにはいられないほどの憤りが見える。海鳥の命を守るため、人間の行動を問う。

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花散らす風に迷ひは無かりしも頭を垂れる薔薇の枝見ゆ   石巻市門脇/佐々木一夫

老いたれば鈍行列車に乗る如し走り行く世に海ばかり呼ぶ   石巻市駅前北通り/津田調作

一週間ICUにて過ごす夫同じ時間を我も生きてる   石巻市湊東/三條順子

女川に昇る朝日が湾照らし養殖生け簀の銀鮭跳(おど)る   石巻市水押/阿部磨

長雨が止みてひまわり咲き揃い虫籠とネット玄関に並ぶ   東松島市赤井/茄子川保弘

孫ら折る四羽の鶴は爺(ぢぢ)ねむる柩のしまひにふはり舞ひ降つ   石巻市開北/星ゆき

木洩れ日をうけて咲きいる山ユリの香りに和む草ひきしあと   石巻市須江/須藤壽子

米寿なる我が年齢も祝う日よ採りし野菜に両の手合わす   東松島市矢本/奥田和衛

地球上諍い絶えることないか民族異ない国益異なえば   東松島市矢本/畑中勝治

リフレインの母との会話五度目には声荒らだてる我をいましむ   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

炎天下戻り梅雨あとジリジリと土にまみれてじゃがいもを掘る   石巻市水押/佐藤洋子

わが道は戦火をのがれ生きのびて平和の後に思わぬ波乗り   東松島市赤井/佐々木スヅ子

母逝きて十一年も過ぎにけりふる里の山は蝉時雨かな   仙台市若林区/浮津文好

役終えて父母孫のぬくもりを老いのささえに我は生きぬく   石巻市流留/和泉すみ子