短歌(8/7掲載)

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【斉藤 梢 選】

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一もとに十数個もの葡萄房霧雨うけて黄みどり清(すが)し   石巻市南中里/中山くに子

【評】葡萄の木にある、まだ熟していない葡萄の房を作者は見ている。その「黄みどり」色の美しさ。絵画を見ているような描写力ある一首に、清しさを想像する。食べごろになるまでには、時間を要する葡萄の命を表現しているこの歌は、実の若さとの出会いから生まれたのであろう。十数個の葡萄の房が霧雨に濡れている光景に心惹かれて、その生命力を心に置き、作者はそれからの時間を過ごしたのだと思う。このように感動を詠むことは、自らの生を残すことでもある。

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朝なさな線香あげて十九年母を送りし朝を迎えぬ   石巻市駅前北通り/庄司邦生

【評】母への深い想いを詠む一首。線香をあげて手を合わす朝の慣わし。「十九年」の年月が経っても、作者の胸にあるのは「母を送りし朝」のこと。「十九年」という具体は、母を想う朝のひとときを繰り返してきたことを伝える。亡き母を思いつつ暮らしてきて、迎える母の命日。作者のこの朝の心情を思う。

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神様も匙を投げたか人間(ひと)のエゴ、猛暑、洪水歯止めかからず   東松島市赤井/佐々木スヅ子

【評】「神様も匙を投げたか」と、ため息をつきたくなる現状。天候不順、自然災害、そして「人間(ひと)のエゴ」によってひき起こされる物事。心の声を表現したこの一首に、どうすることもできない人間の無力さをも感じる。宮沢賢治のように「みんなの幸」を願いたい。

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一木を満艦飾に咲きている花木槿こそ夏の王たり   石巻市向陽町/後藤信子

【評】勢いて咲く木槿を「夏の王たり」と感慨をこめて詠む。咲くというエネルギーを受け取るこの夏。木槿の生命力は暑さの夏にも衰えることがない。「満艦飾」の言葉が、咲いている様子を伝える。

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戻り梅雨かと思わせる日々の雨安倍さん偲ぶ別れの雨か   東松島市矢本/畑中勝治

三十年なる柿の木と皆いた写真飾ってあるから伐れぬ   石巻市開北/星ゆき

紅の椿の枝のメジロ一羽描きし翁に目元似ており   石巻市須江/須藤壽子

身の丈がすっぽり入る「浸水深」見るたびへえ~と波の地をゆく   多賀城市八幡/佐藤久嘉

老いるとは五感の衰え背負いつつ未知の齢(よわい)を駆け抜ける如し   東松島市矢本/高平但

床に寝て母に付き添う吾の毛布直してくれしドナー待つ人   石巻市流留/大槻洋子

ペン持てば真青の海が浮かびくる鮪延縄乗りたる船も   石巻市駅前北通り/津田調作

若き日にタンゴに惹かれ求めたりレコード棚からヒョイと顔出す   石巻市不動町/新沼勝夫

今年また墓石にいっぴき雨蛙律儀を教える親蛙かな   石巻市湊東/三條順子

菜園の日陰で休む足元で蟻忙しく行ったり来たり   石巻市水押/佐藤洋子

老残の身を家ごもる日々にして庭に紫陽花の返り花咲く   女川町/阿部重夫

里の田にカモメ舞い飛ぶこの姿遠い海辺は昔に在りし   東松島市赤井/茄子川保弘

たおやかに琉球芙蓉咲きつぎて疎ましき梅雨華やかになる   石巻市桃生町/千葉小夜子

若き日の仕草のできぬ老いが身を奮い起たせて今日も雑草(くさ)抜く   石巻市門脇/佐々木一夫