短歌(9/4掲載)

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【斉藤 梢 選】

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アスファルト裂け目に芽吹く菫草猛暑なれどもガチッと土噛む   石巻市門脇/佐々木一夫

【評】植物の命を詠む。暑さが極まる夏の日、作者は道を歩いていて、菫草に気付く。アスファルトの裂け目からの雑草を目にすることはあるが、菫草の花との出会いは印象的だったのであろう。猛暑日であればなおさら、その菫草の命の逞しさが心に残る。「ガチッと土噛む」と捉えたところがいい。人は植物の命に思いを寄せることで、英気を得ることができる。この一首に、暑さの日々を生きゆく支えをいただく。

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送り盆香煙揺れる墓参り今九十二にして先祖を想う   石巻市駅前北通り/津田調作

【評】先祖の霊をお迎えして、お送りするお盆の数日。作者は送り盆の日に墓参りをして、先祖を想っている。「香煙揺れる」という具体は、その様子を表現していて、線香のにおいが漂う中、手を合わせている姿が想像できる。「今九十二にして」の言葉が心に届く。生きて在る「今」を実感しての感慨の一首だろう。

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カマドウマを外へ逃がさむと捕えれば片脚もげてわが掌(て)に残る   石巻市駅前北通り/庄司邦生

【評】家の中にいるカマドウマを外へ逃がしてやろうとする作者。逃がすために捕えたのに片脚がもげてしまう。その時の、動揺が伝わってくるようだ。結句の「わが掌(て)に残る」は、カマドウマがもう自力では動けないことを示していて、「残る」は現実を語りつつ、この後の命のことを読者に思わせる結び方である。

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良きことも愚痴も綴りし十年誌記憶にせむとページを畳む   石巻市須江/須藤壽子

【評】綴ることを続けてきて十年。綴られて残るさまざまは、生きて来た証でもある。「ページを畳む」という行為は、これまでのことをもう一度確かめて、これからを生きてゆこうという新たな思いを表している。

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蒸し牡蠣を振る舞う列に並びおり郷里訪ね来震災の浜   東松島市矢本/高平但

若き日の気負いも挫折も遠のきて一瞬燃ゆる落日に逢う   東松島市矢本/畑中勝治

いつ迄でも元気失いたくはないさあ秋大根の種を播こう   石巻市羽黒町/松村千枝子

年の功よりネット情報席捲し郷土の料理問わるることなし   石巻市開北/星ゆき

世の中は節電ムード窓開けて涼めば響く訓練飛行   石巻市水押/阿部磨

闇を突く音の大輪街照らす盛土川辺に歓声上がる   東松島市赤井/茄子川保弘

ぴちぴちと梁簀(やなす)で跳ねる若鮎の北上川の夕日眩し   女川町/阿部重夫

川開き滾るオールの競漕にまつり盛りあぐふるさとの夏   石巻市わかば/千葉広弥

木々の葉の揺れに見とれて戸を開く足元撫でる秋の風かな   石巻市二子/北條孝子

あれこれと理由をつけて何もせず御先祖様と水入らずの盆   東松島市赤井/佐々木スヅ子

恋人をせつなく待ちし時のように郵便受けを何度も見るなり   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

眼帯でいつもの道もこわごわと立場かわればこんなに違う   石巻市流留/大槻洋子

夢に出る人皆若くてマスクなし我も若くて張り切っている   石巻市渡波町/小林照子

妻が側に只それだけで安堵感ピイーと炊飯器我が家の平和   石巻市不動町/新沼勝夫