短歌(10/2掲載)

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【斉藤 梢 選】

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手の内の細かい皺も親ゆずりお陰さまよと香を手向ける   石巻市須江/須藤壽子

【評】あたたかい気持ちにさせてくれる一首。手のひらの皺を見つめている作者の、心の声としての「お陰さまよ」。自分の手のひらの皺もいつの間にか細かくなって、それを「親ゆずり」だと、しみじみ思うひととき。お線香を供えながら、親御さんに話しかけているようでもあり、それを詠むことは思いを残すことでもある。親から子へと受け継がれてゆくもののかけがえのなさ。感謝の言葉としての「お陰さま」は、今生きていることを実感しているからこその一言だろう。

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ふた月ももたぬ小五の靴のサイズ文句の物言ひどこか弾みぬ   石巻市開北/星ゆき

【評】新しい靴を買ってあげたのに、二か月すると窮屈になるという成長のはやさ。「小五」の具体が効いていて、詠み込まれた内容がまっすぐに伝わる。また靴を買わないといけないという、嬉しい悲鳴。下の句は、そんな心情を表現しているのだと思う。成長期を記録する一首は、家族にとっても大切なもの。歌には、その時の作者の思いが誠実に残る。

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大正琴(こと)を持ちいそいそ出かくる今日の日の妻には妻の楽しみあらむ   石巻市駅前北通り/庄司邦生

【評】夫婦であっても、妻には妻の時間がある。作者は、たのしそうな妻の様子を見て、快く見送っているよう。生活詠であり、「今日の日」を記す一首でもある。充実した時間を過ごすであろう妻への思いが滲む。

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長月の静かに更けて月もなく語る人なし猫だけ膝に   東松島市矢本/畑中勝治

【評】秋を感じる九月の夜の気配が漂う上の句。月が見えていれば、また違う夜となったであろう。静かさは寂しさでもある。膝に猫をのせて、猫のぬくもりを愛しく思う作者か。情感あふれる秋の歌。

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こんなにも穏やかな海嘘だろう唯々無念とまみずの涙   石巻市湊東/加納順子

リハビリで編みし竹かごいただきて長く使いて今日から飾りに   石巻市流留/大槻洋子

北斎の異様なフォルムや波の爪おもうに北斎その眼で津波を   多賀城市八幡/佐藤久嘉

定川の水面に映る雲海に水鳥群れて仲睦ましく   東松島市矢本/奥田和衛

北上川川面を馳せる水澄まし右に左に水紋残こし   石巻市不動町/新沼勝夫

朝目覚め一日(ひとひ)働き夕に酒眠れぬ夜は短歌(うた)と戯る   東松島市矢本/高平但

貯金額減れば先行き不安なり減らずば日々の潤い失う   東松島市赤井/佐々木スヅ子

叢林の夜明け朝空庭に積む木菟(みみづく)の声ひときは寂し   女川町/阿部重夫

みちのくに白河越えの風が吹く高校球児の熱き息吹の   石巻市門脇/佐々木一夫

灯籠をそっと水面に浮かべては御霊を送る笹舟添えて   東松島市赤井/茄子川保弘

おはようと言いつつ駆け去る少年の真白いシャツに朝風爽やか   石巻市蛇田/菅野勇

師と仰ぐ友身罷りて手向けいる香の香りに心しずまる   石巻市桃生町/千葉小夜子

夕茜赤く燃えれば吾れもまた気負い湧きたち明日を想う   石巻市駅前北通り/津田調作

板の間に正座し食した夏野菜昭和のメニューのモロキュウがぶり   気仙沼市赤岩/小野寺敦子