短歌(10/16掲載)

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【斉藤 梢 選】

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ネジ花の天辺に登り戻る蟻吾はもどれぬ明日に生きねば   石巻市駅前北通り/津田調作

【評】すっと一直線に伸びた茎の周りに、螺旋状に並んで咲いている花。その個性的な姿のネジ花と小さな蟻を見ている作者。蟻は、いくつもの花をなぞるように上に上にと登ってゆく。そして、天辺にたどり着いて、こんどは下へと戻ってゆく。そんな蟻の行動を見ている時、ふと「吾は戻れぬ」という思いが心に現れた。花を見る時、木を見る時、もしかしたら人は素直になり純粋になり、自分の裡を見ることになるのかもしれない。結句の「明日に生きねば」が、生きる姿勢を伝える。ネジ花と蟻と作者の、それぞれの生。

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越して行く車のナンバー瞬時に捉え加減乗除と数値にトライ   石巻市南中里/中山くに子

【評】ナンバープレートに並ぶ数字を捉えて、足したり引いたり、かけ算したり割り算したりして、数値と係わっている時間。止まっている車ではなく、越して行く車のナンバーを次次に即捉えるのだから、まさに脳トレ。作者は、この独自な方法で「数値にトライ」する。健全に生きるための「瞬時」の「トライ」。

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日が落ちて川州の中の幹騒ぐ白さぎの群れ帰巣の時か   石巻市二子/北條孝子

【評】作者が見ている景を想像でき、白さぎの群れの存在を「幹騒ぐ」と表現しているところが、優れている。巣に帰ってゆく鳥を思う時、作者もまた一日の終りをしみじみと感じるのか。一篇の抒景詩のよう。

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みすずかる信濃で買いしレリーフは焼き杉板に「山を想えば」   石巻市流留/大槻洋子

【評】信濃への旅を詠み残す。枕詞の「みすずかる」を初句に置いて趣がある。登山家であり、歌も詠んだ百瀬慎太郎の「山を想えば人恋し、 人を想えば山恋し」の詩を深く味わいたい。余韻ある一首。

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鈴虫よ寂しく鳴かずりんりんと愉しく歌え秋の一夜を   石巻市駅前北通り/庄司邦生

この空の続くところに戦火あり逃げ惑う民に我が身を擬して   石巻市北村/百々よし子

密だった青春時代に戻れたらやりたい事があれこれ浮かぶ   石巻市水押/佐藤洋子

天高く一直線の飛行機雲ぶれなく映える平和な空よ   石巻市わかば/千葉広弥

露光り凜と並んだ彼岸花苔の石垣昔を偲ぶ   東松島市赤井/茄子川保弘

カモミールの香りを残して孫発てばみどりの風がやんわり匂う   石巻市須江/須藤壽子

笑みと涙つなぐとめるを繰り返す記憶の素描さらっと詠みたし   石巻市湊東/三條順子

検診で隣人が読む歌壇の雑誌旧知の如く会話花咲く   東松島市矢本/高平但

ひかりたつ鏡の前に十五分中一男子(ボーイ)のしぐさの眩し   石巻市開北/星ゆき

故郷は心の中にいつもある瞼閉じれば海山すぐに   東松島市矢本/畑中勝治

復興のすすめば月の光満ち夜ごと夜ごに膨らみまして   多賀城市八幡/佐藤久嘉

八十路坂五体が動く有難さ噛みしめ生きる悔いなき日々に   石巻市不動町/新沼勝夫

韮の花すらりと元気で我に言う衰え嘆くな私を食べて   石巻市渡波町/小林照子

アマガエル冬眠備え田に集うカラスとヘビの縄張り避けて   石巻市桃生町/佐藤俊幸