【石母田星人 選】
===
平穏の中に顔出す断腸花 石巻市丸井戸/水上孝子
【評】秋海棠の別名断腸花に思いを乗せた。中国の伝説には、引き離された人を思う断腸の涙が薄桃色の花になったとある。震災で失ったあの笑顔が浮かぶ。
===
鰯雲桶屋は足で箍を締め 石巻市吉野町/伊藤春夫
【評】鰯雲と、足を手のように使う器用な桶職人の熟練の業。遠近と静動の対比の構図。桶屋や箍という句材からか、比喩的な俳趣も覗けるようで面白い。
===
秋風のついて来さうな靴貰ふ 石巻市相野谷/山崎正子
【評】喜怒哀楽を直接言わないのが俳句。ここでは「秋風のついて来さうな靴」に感情を乗せた。想像は早くも、おろしたての靴で踏み出す朝に及んでいる。
===
電線と電波ひとのみ葛嵐 石巻市開北/星ゆき
【評】葛は強い。壁だろうが電柱だろうが、つるで這いのぼる。葉の表は緑で裏は白。微風でも全体が裏返り白く変身。電波を吞み込んでも不思議ではない。
===
国鉄の硬券切符竈猫 東松島市新東名/板垣美樹
【評】硬券とは厚い紙の切符。現役もあると聞く。思いがけず出てきた硬券。その手触りから暖を取った待合のストーブやそばにいた猫の姿を思い出した。
===
常長像つるべ落しの日を纏ひ 石巻市中里/佐藤いさを
黄の蝶の石蕗の花より生まれけり 石巻市蛇田/石の森市朗
屋台の灯こぼるる路地の時雨かな 東松島市矢本/雫石昭一
松茸の香をふんだんに祝膳 石巻市桃生町/西條弘子
街路はや銀杏もみぢの続くなり 石巻市蛇田/高橋牛歩
刈田打つ夕日鋤き込む耕耘機 石巻市小船越/芳賀正利
秋時雨教会堂の畳敷 石巻市中里/川下光子
羽後しぐれ駆け込む宿のランプの灯 石巻市小船越/三浦ときわ
秋風や畑の端の直売所 仙台市青葉区/狩野好子
夢深し銀河の果に溺れをり 石巻市門脇/佐々木一夫
降り霜に負けたふりして草起きる 多賀城市八幡/佐藤久嘉
限界の里それぞれに芋茎干す 石巻市新館/高橋豊
秋盛る港の祭り大漁旗 石巻市駅前北通り/津田調作
喪帰りの余白の時間秋の声 東松島市あおい/下山慶子
水晶の翅と目玉や夕とんぼ 東松島市矢本/菅原れい子
老二人珍問答の初炬燵 石巻市渡波町/小林照子