短歌(11/27掲載)

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【斉藤 梢 選】

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口中に錠剤だけが残されて飲み込めぬことふっと湧き立つ   石巻市流留/大槻洋子

【評】感覚と心情に言葉を与えた一首。薬を飲むとき、うまく飲み込むことができず、錠剤が舌の上に残ることがあり、とてももどかしい。作者はこの時、普段は忘れていているような「飲み込めぬこと」を、思い出した。「飲み込めぬこと」は、具体的には述べられていないけれど、いろいろ想像できる。飲み込めないゆえに、喉につかえて、心につかえて、胸につかえる。他者の歌を読んで、自分も同じ思いをしたことがあると、その一首に佇むことがあるだろう。短歌でなければ表現できない、ある瞬間をこの歌は詠み残す。

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久々に一枚羽織る畦の道はや秋耕の帽子が動く   石巻市二子/北條孝子

【評】少し肌寒さをおぼえての「一枚羽織る」。それぞれの四季を、体に心に感じながら私達は生きている。この歌の「はや」は、二通りの解釈ができる。早くも秋耕の時期なのだと感じていることの「はや」。あるいは、朝の早い時間を示す「はや」。初句を「朝風に」とする方法もある。優れているのは「帽子が動く」という捉え方。帽子の動きで知る働く人の存在。

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きょうもまたきのうの足跡ふむような一日が過ぎ湯船に浸る   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】心の裡を表して、吐息のような歌。特別なこともなく、一日を終えることの平穏と安堵と、少しの物足りなさ。しかし、これは誠実な実感だろう。足跡に足跡を重ねて歩いている生の実感が作者にはある。

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秋深し里山飾る夕映えの時刻(とき)よ止まれと念じる心地   石巻市わかば/千葉広弥

【評】この感動を、伝えたくて残したくて詠む。深まる秋の里山が夕陽に染まっている光景。あまりの美しさに「下の句」の思いが湧く。自然の恵みの感受。

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峰雲のはや姿なくめぐる季に家族もちたる子等安かれと   石巻市開北/星ゆき

来世は盲導犬になる決意人の狭間(はざま)で確かな眼して   石巻市湊東/三條順子

寂しくて言葉うしなう祭壇へつながる思いを菊一輪に   多賀城市八幡/佐藤久嘉

声ひとつかけたく思(も)えど顔を見てお節介かと口をつぐみぬ   石巻市駅前北通り/庄司邦生

栗ご飯食し体力補いて冬への備えゆるりと一歩   石巻市不動町/新沼勝夫

幸せは心の中にあるという老いてポジティブいと難しき   石巻市渡波町/小林照子

亡き母の夢は本当に久し振り月命日のその夜のこと   東松島市矢本/畑中勝治

船溜まり波風止(や)みて出船待つ舫(もや)いの軋む音のない昼   東松島市矢本/茄子川保弘

わいわいとどんぐり拾ふ幼たち小春日和はあちらこちらで   石巻市駅前北通り/工藤幸子

震災の無住の寺の鎮魂歌庭いちめんにかへり花咲く   石巻市三ツ股/浮津文好

減反で替りに植えたこの大豆収穫待ちつつ豊作色に   東松島市矢本/奥田和衛

雑草の耐える力が試される甘くはないが苦しくも無い   石巻市桃生町/佐藤俊幸

追憶の辿る海岸三陸や海穏やかに青く深まり   石巻市門脇/佐々木一夫

入院の朝のみそ汁暖かきぶこつな夫のあれし手をみる   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美