【斉藤 梢 選】
雨樋にスズメ飛び来て遊んでる障子の影にそれを感じる 東松島市矢本/畑中勝治
【評】小さな生き物の存在を詠む。作者は実際にスズメを見て詠んでいるのではなく、障子の影によってスズメがそこにいることを知る。気配から感じ取っているかのようだ。「遊んでる」の表現が、この一首をほのかに明るくしていて、スズメの姿が想像できる。北原白秋はスズメが好きで、歌に多く詠んでいる。経済的にとても貧窮していた時も、庭に来るスズメに米を与えていた。スズメを見ることは、自分自身を見つめて識ることだったようで、小さい命を慈しんだ。作者もまた、スズメの命に心を寄せている。
微かなる無駄と思へる動きでもやがて波動となるかもしれず 石巻市流留/大槻洋子
【評】作者は、「やがて」という未来を見ている。今は目立たないささやかな行為であっても、それを続けることで、何かを動かす「波動」になると信じる。無駄と思える行為でも、その行為そのものは尊い。具体的にその「動き」を詠んではいないけれど、心持ちはよく伝わる。作者自身への言葉かもしれないし、誰かへのエールであるのかもしれない。
木枯しの吹く庭に咲く山茶花の一ひら二ひら愛しくて手に 石巻市桃生町/千葉小夜子
【評】寒い季節にも鮮やかに咲く山茶花。木枯しによって散ってしまった花びらの「一ひら二ひら」。作者はその花びらを手に取って、愛しんでいる。花と会話をしているようで、そのひとときは、なんだか暖かい。
生きている生きてやるぞと意気込みて持病なだめてゆるりと一歩 石巻市不動町/新沼勝夫
【評】詠むことで、生への意志を確かめているよう。声が聞こえるようなストレートな表現の上の句がいい。病を抱えながらも、一歩一歩を踏みしめる日々を残す。
海の彩短歌(いろうた)に流せば年月の浪のうねりに乗りたる如し 石巻市駅前北通り/津田調作
流木のイス二つ三つ震災館座して思うは津波の恐怖 石巻市渡波町/小林照子
錦木の紅(あか)い模様のちぎり絵を夜の北風壊し消し去る 東松島市赤井/茄子川保弘
虫の音も止み閑(しず)かなる晩秋の独りの夜は侘しさも増す 石巻市あゆみ野/日野信吾
きみのことわたしが動作真似すれば友の一人と犬は思うかな 石巻市湊東/三條順子
庭を向くソファーは今も子を思(も)ひて「どごさ行ってだ」と母の声する 石巻市開北/星ゆき
花のよな赤い柿の実守らんか枝にカラスの止まる夕暮 石巻市須江/須藤壽子
夕焼けに水音たてず川に添う白鳥赤く色づく波紋 石巻市桃生町/佐藤俊幸
ハラハラと未練断つがに散る紅葉われを誘うか視線の先に 石巻市南中里/中山くに子
風静かあけびの抜け殻ぶらぶらと鵯去りて秋暮れにけり 石巻市門脇/佐々木一夫
まんまるい友ゆ賜いしおはぎ食べ皆既月食の月を待ちおり 石巻市駅前北通り/庄司邦生
ポストなしコンビニもなき過疎の地に吾一番の年がしらなる 石巻市高木/鶴岡敏子
日めくりがどんどん薄くなって行く希望の年にカウントダウン 石巻市水押/佐藤洋子
年賀状いつもの枚数買いました安否確認させないために 東松島市赤井南/佐々木スヅ子