短歌(12/25掲載)

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【斉藤 梢 選】


健さんの歩みていそうな無人駅ホームの椅子に落葉吹き寄る   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】作者は無人駅のホームにいる。「健さんの歩みていそうな」の言葉に導かれて、読者はこの「無人駅」の様子を想像する。親しみをこめて呼ぶ「健さん」は、おそらく高倉健だろう。一九九九年の映画「鉄道員」(ぽっぽや)で、北海道の幌舞駅の駅長を演じた高倉健の姿が思われる。寡黙で一本気な日本の男のイメージの「健さん」。無人駅のホームに佇みながら、作者は想像の世界に入ってゆく。下の句には、映画の一シーンのような雰囲気が漂う。椅子に落葉が吹き寄る音も聞こえてきそう。味わいのある一首だと思う。


口元の笑みも見たいねえくぼもねマスクが友の顔となりゆく   石巻市羽黒町/松村千枝子

【評】マスクが顔の半分を隠している現実を、この歌を読んであらためて思う。コロナ禍以前の友との時間を懐かしむ作者。向き合って表情を見ての意思疎通は大切で、マスクをした状態では、それができにくい。長く続くコロナ禍の不自由から解かれたいという願い。「マスクが友の顔となりゆく」に深く頷く。


くるしみを散歩しながらへたっぴなくちぶえふいて吐きだしており   石巻市駅前北通り/工藤幸子

【評】心に抱えている苦しみを、自分自身で見つけた方法で吐き出す作者。口笛を吹くという行為が、苦しみの重さを軽くする。生きてゆくためには、このような感情のコントロールが必要。「へたっぴ」であっても口笛を一途に吹く意志に惹かれる。


庭紅葉今が最も美しいわれにも欲しいと思うフィニッシュ   石巻市南中里/中山くに子

【評】植物に見る終焉の姿。「今が最も美しい」と感じることができる作者の心の裡を知る。庭の紅葉を見ながら思う自らの生と「フィニッシュ」。


凪待ちて三日過ぎたり佐渡島除夜の鐘聞くアンカーワッチ   東松島市矢本/高平但

ホタテ剥く刃が柱に掛かるときドキュンと命の震へ伝はる   石巻市門脇/佐々木一夫

フロントガラスいっぱいに山膨らみてくれない彩(あや)なす絵図の展(ひろ)ごる   石巻市開北/星ゆき

何回も眼鏡を拭いて見るようなはっきり見えぬ世界の未来   東松島市赤井/佐々木スヅ子

人の世の縒(よ)りの儚さあの人は何処でどういう旅をしたのか   東松島市矢本/畑中勝治

町並は竹飾りから紅葉へ腫瘍探して検査は続く   石巻市流留/大槻洋子

脚立乗り松の剪定仕上げれば植えて眺めた年月想う   石巻市駅前北通り/津田調作

どこからか風うちよせて寄せ返す空き地を訪うは風ばかりなり   多賀城市八幡/佐藤久嘉

ネギ畑一列並ぶサムライよ空突くごとく凜と立ちおり   石巻市桃生町/佐藤俊幸

目をやればかすかに揺れる蛍光灯の紐の動きに地震と気づく   石巻市駅前北通り/庄司邦生

巣籠りの老いに優しい小春日ががんばりなさいと優しく微笑む   石巻市蛇田/菅野勇

霜降りて雪掻き道具点検し見上げる空に雪花を見る   東松島市赤井/茄子川保弘

枯れるほど涙ながせし時があり不思議なほどに枯れぬものなり   東松島市野蒜/山崎清美

この愁い誰かに知ってほしくってなぐり書きした三年日記に   石巻市流留/和泉すみ子