【斉藤 梢 選】
雪国でひとり暮らす娘(こ)を想うときラジオからさだまさしの「案山子」 石巻市流留/大槻洋子
【評】思いが深ければ深いほど、声に出しては言えない。それでも、短歌という定型の器を心に置いていれば、その中に思いを容れることができる。一人で暮らす「娘(こ)」への思いは、具体的には表現されていないが、「案山子」の曲の歌詞が、その思いを代弁してくれているのだろう。「元気でいるか街には慣れたか/友達出来たか/寂しかないかお金はあるか/今度いつ帰る」の曲の歌い出しの歌詞が作者の心に添う。子を想う親の気持ちが一首の中に静かに満ちている。
一年を振り返りみれば平坦で無色な日々が黙列している 東松島市赤井/佐々木スヅ子
【評】十二月は、一年を振りかえる月。作者にとっては「平坦で無色な日々」だったのだろう。「平坦」は、変化がなく平穏なことを示しているのだとしたら、それも悪くはない。「無色」は、彩りがないと解釈すると、やはり、コロナ禍の一年だったからだと思う。マスクをした毎日は、何か抑制されているようで、不自由だ。結句の「黙列」という言葉は、まさにコロナ禍を象徴する一語。二〇二三年は、彩りある日々でと、願う。
針ごとに教わりて縫う干支兎笑いと共に綿詰めをする 石巻市須江/須藤壽子
【評】縫うことの楽しさが伝わる一首。「笑いと共に綿詰めをする」に、とても温かい雰囲気を感じる。一針一針に、来る年への思いを込めてゆく時、明日という未来もほのかに明るい。
一年をふり返りみて正直に心の煤を払って新年 東松島市矢本/畑中勝治
【評】新しい年を迎えるにあたって「心の煤を払って」と詠む。一年間にたまってしまった「煤」は、自身で払う。心の浄化を「正直に」する実直さがいい。
いまはもう記憶となった間取り図に楽しい家族と楽しい日々と 多賀城市八幡/佐藤久嘉
朝明けの西空に浮く白い月「おはようさん」と思わず拝す 石巻市南中里/中山くに子
たたずめば雨後の境内黄一彩(きいっさい)空をも覆う銀杏の迫力 石巻市湊東/三條順子
ヨシ原を激しく揺らして北上川(きたかみ)に野分の風が冬を告げいる 東松島市矢本/高平但
注連縄の取り替えするや氏子衆背中丸めて声張り上げる 東松島市赤井/茄子川保弘
けんかして戻りし実家去る朝につっかけの母ちいさく手をふる 石巻市開北/星ゆき
北上川その時々の表情に喜怒哀楽の人生模様 石巻市不動町/新沼勝夫
わかり合える人と語りて日向ぼこほくほく人の温み感じて 石巻市あゆみ野/日野信吾
人の世の後悔と航海織り交ぜて天与のままに吾は生きゆく 石巻市駅前北通り/津田調作
師走きて友の訃報届きけり明日のいのちの儚さに泣く 石巻市三ツ股/浮津文好
パターゴルフシーズン終えて会食す先逝きし友の空席寂し 石巻市蛇田/菅野勇
カレンダー一枚残る暮れとなり一月になれば吾(あ)も八十七 石巻市高木/鶴岡敏子
悲しみを胸におさめて一人泣く演歌みたいな人がおったよ 石巻市桃生町/佐藤俊幸
夫なくし独りになりたる友の背にかける言葉もなきまますぎて 石巻市流留/和泉すみ子