短歌(2/26掲載)

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【斉藤 梢 選】


夢の中だけでもいいから逢いたくて「震災前行き」列車を待ちぬ   東松島市矢本/高平但

【評】二月十一日が過ぎると、震災報道が多くなる近年。三月十一日は、特別な日であり、被災した人にとっては、この日の二時四十六分の前と後では、すべてがまったく違うものになってしまった。作者は大切な人を震災で亡くされたのだと思う。「夢の中だけでもいいから」の言葉は、言い尽くせない悲しみの中から生まれた願いだろう。記憶の中にだけ生きている人に逢うために乗る特別な列車。時間を遡って震災の前の<あの時>に行きたいという気持ちが、一首から真っ直ぐに伝わり、切ない。あの日から被災は続いている。


友亡くしいまだ悲しみ貼りついて剥がしてくれよ海に降る雪   東松島市矢本/川崎淑子

【評】友を亡くした悲しみを胸に、日々を過ごす作者。「悲しみ貼りついて」は、とても深い悲しみであることを表している。自分ではどうすることもできない悲しみを抱えて、「剥がしてくれよ」と海に降る雪に語りかける。この一首は、雪と海にしか聞こえない、独白なのかもしれない。雪はどこまでも白く、海につぎつぎに消えてゆく。心に残る、冬の抒情歌。


湯たんぽのような言葉を抱きしめて友の家辞す外は粉雪   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】寒さの冬でも、友の言葉が作者を温める。友の家を訪れて共に時間を過ごす冬の一日。粉雪が降る道を帰るときも、「湯たんぽのような言葉を抱きしめて」いるから、満ちる心。友の存在がじんわり温かい。


友ら逝き二重線増える住所録その線上で思い出跳(おど)る   東松島市赤井/佐々木スヅ子

【評】住所録に二重線を引く時に思う友とのこと。亡くなった悲しみと友との思い出が、わっと作者の心をめぐる。鮮やかに甦る記憶のあれこれ。「跳(おど)る」が秀。


陽は見えず屋根から下がる氷柱さえとける暇なく鉾先磨く   東松島市赤井/茄子川保弘

怯むのは地震(ない)に出遭ってからの事なにかにつけて小心者に   多賀城市八幡/佐藤久嘉

ふり返り手をふり合いて角に消ゆ常遠き子は帰り行きたり   石巻市向陽町/後藤信子

北上川(きたかみ)の流れの淀に氷(しがこ)張り朝日に輝き水鳥集う   石巻市水押/阿部磨

ただ一枚の着物うちかけ柩閉ぢ残りの処分に娘を詫びる   石巻市開北/星ゆき

久々の氷柱の先に朝日差し燦めく色に目をうばわれる   石巻市須江/須藤壽子

大相撲貴景勝の踏んばりに拍手を送り夕餉の肴   石巻市桃生町/千葉小夜子

ケータイの電話帳ひらけば五年前逝きし友の名いまだ残れり   石巻市駅前北通り/庄司邦生

丹田に気を張り詰める初稽古マスク越しなる気合も籠もる   石巻市門脇/佐々木一夫

真っ白な雪を太陽照らしてる輝く朝の母の命日   東松島市矢本/畑中勝治

雲間から日差しが洩れて温くなる老いのエンジンゆるりと始動   石巻市不動町/新沼勝夫

寒さなど苦にせず母は商いの重き背の荷に磯の香詰めて   石巻市中里/佐藤勲

ならい風夕影迫る過疎の駅小雪ちらつき灯下の乏し   石巻市わかば/千葉広弥

介護してあれほどながくふれ合いて長女の我は亡き母ひとり占め   石巻市流留/和泉すみ子