短歌(3/12掲載)

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【斉藤 梢 選】


忘れたい忘れられない忘れない震災余震は心で続く   東松島市矢本/高平但

【評】二〇一一年三月十一日二時四十六分、東日本大震災発生。あの日からの十二年は、言葉で表現することが難しいくらい、悲苦と喪失と祈りの日々であったと思う。この歌の初句が「忘れたい」であることに、心が痛む。「忘れたい」という作者の葛藤の末の感情は、被災の現実を多くの人に伝える。目に見える復興は進んでいるけれども、心はどうだろう。「震災余震」が今も心で続いていると作者は詠む。今年の十一日は、この一首を心に置きたい。「忘れない」という本当の気持ちを表わした言葉は、とても重い。


知らぬ地の名入りのタオル今もあり支援物資の無言のささへ   石巻市流留/大槻洋子

【評】震災後、多くの支援物資が被災地に届けられた。作者はその時のタオルを今も大切にとってある。知らない地の名前の入ったタオルは、送ってくれた人の心を受け取るようで、ありがたかったに違いない。「無言のささへ」と感じたあの時を思い出すことは、辛いことかもしれないが、人の情に触れ得たという思いもあるだろう。一枚のタオルが心と心を繋いだ。


鬼の面かぶって逃げる老いた鬼孫の手作り怖い面なり   東松島市赤井/茄子川保弘

【評】お孫さんの作った鬼の面をかぶって逃げる作者。「老いた鬼」なれど、この時だけは「怖い」鬼になる。豆まきの様子が見えるようで、「鬼は外」の声も聞こえそう。二月三日の家族の時間を残す一首。


ひとひらの言葉が別のことば呼び一首の翼は時空さまよふ   石巻市開北/ゆき

【評】歌を作っていると、言葉が言葉を呼ぶことがある。この一首は創作の時を表現していて「翼」の一字が印象的。思いがけない下の句が生まれたりもする。


あら汁の肝噛みをれば海原に勇む心が甦るなり   石巻市門脇/佐々木一夫

自転車で遠きグラウンド行き来する球児の挨拶冬田に熱し   東松島市矢本/川崎淑子

認知症知らず一生(ひとよ)を終わりたし春告草の季はすぐそこに   石巻市あゆみ野/日野信吾

留守電にお元気ですかと話しつつあなたを浮かべて言葉を選ぶ   石巻市須江/須藤壽子

魔の海と知りつつ我ら網を張る命綱(つな)に託して波と闘う   石巻市中里/佐藤勲

老いるとは寂しきものと知らずして老いを笑いしあの青き頃   石巻市駅前北通り/津田調作

老いをいう見知らぬ敵にたじろげば友と思えと天の声する   東松島市赤井/佐々木スヅ子

雪螢いや霰かな百歩踏む遂に霙かやがて本降り   石巻市南中里/中山くに子

ほめられて伸びるは幼のみあらず花も我もと夫に言ふなり   石巻市駅前北通り/工藤幸子

大地から飛び上がるよう跳ねるよう吾が人生にM9・0   多賀城市八幡/佐藤久嘉

雪降るも子等の声なく寂しかり昭和の子等の賑わい懐かし   石巻市不動町/新沼勝夫

ポタポタと雪とけし音春の声クリスマスローズのつぼみ顔だす   石巻市錦町/山内くに子

窓の空雪がどんどん流れてる北風強い太陽照っても   東松島市矢本/畑中勝治

大雪で滑り台でき喜ぶ子遊んでくれるはあと幾年(いくとせ)か   東松島市野蒜ケ丘/田中将徳