短歌(3/26掲載)

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【斉藤 梢 選】


カーテンを閉じるようにも一日(ひとひ)終え出来ぬ家事など明日に加える   石巻市須江/須藤壽子

【評】暮しを詠む一首。自分の心情や行動などを詠むことは、少し勇気が要る。歌は、作者のものであり、作者を表わすものでもあるので、詠むことはありのままを表出することになる。一日を終えるとき、やり残したことがあり、それを明日の予定に加えるという作者。「カーテンを閉じるように」の思いで一日を終える時、出来なかったことに心がとらわれるとは詠まずに、「明日に加える」としたところに惹かれる。「明日」の一語は、心に明日という未来があることを示している。


十二年書きかえながら持ち歩くリビングウィルは御守りのごとし   石巻市流留/大槻洋子

【評】「リビングウィル」とは、人生の最終段階における医療、ケアについての生前の意思表明。どのように最期を迎えたいかを、意識して生きいる作者なのだろう。十二年間を書きかえてきたと詠むのは、東日本大震災後、命についての思惟の時間がずっと続いているということなのかもしれない。生と死のことを考えるきっかけになる、この歌の「リビングウィル」。


牡丹雪身動きせずに見つめいる好奇あふるる嬰児(やや)の眼差し   石巻市中里/佐藤勲

【評】作者は幼い子を見ている。嬰児は降りいる牡丹雪をじっと見ている。雪に向けられるまっすぐな眼差しの清らかさ。雪を初めて見て、雪を知る嬰児か。牡丹雪が降るこのひとときは、詠むことでしっかりと残ってゆく。静謐な時を、感慨をこめて表現した。


カーテン引けば明けの三日月さえざえと竿に名残の水滴ひかる   石巻市南中里/中山くに子

【評】一日を始めようとして開けるカーテン。作者が目にする冴え冴えとした三日月。そして、下の句の美しさ。水滴の光を想像すると、心が洗われるよう。


髄までも凍てつく空の如月に白き供花抱き石段のぼる   石巻市開北/ゆき

原文の萬葉集の歌を読みときおり開くルビ付きの書を   石巻市駅前北通り/庄司邦生

雪止みて墨絵の地上照らす月蒼い光に和みを得たり   東松島市赤井/茄子川保弘

浸蝕の浜辺に立てば海底にいまも鬼神ひそむ気がする   多賀城市八幡/佐藤久嘉

魂(たましい)のように小さな花だけを咲かせる大川小の裏山   石巻市湊東/三條順子

朋友の十三回忌ゆるやかに時流れゆく在りし日しのびて   石巻市あゆみ野/日野信吾

冷たさの残る菜園雑草(くさ)むしる今年の目標カボチャ十個に   石巻市蛇田/菅野勇

我が婚の話までした一週間ザック姿の孫を見送る   石巻市羽黒町/松村千枝子

浜風のいまだに寒し玉砂利にぢかに広げしひじきがにほふ   女川町/阿部重夫

渡り鳥空の片隅飛んで行く臨機応変にルート変えながら   石巻市桃生町/佐藤俊幸

あの時に又ねと別れたあの友よその日いつ来る逝ってしまって   東松島市矢本/畑中勝治

散策道短歌詠みつつ老い一人歩数消化に回り道する   石巻市不動町/新沼勝夫

蕗のとう春の気配に気付かされ雪の下から顔覗かせて   石巻市桃生町/西條和江

初航海笹竹立てて旗靡く七色テープ家族と繋ぐ   石巻市水押/阿部磨