短歌(4/23掲載)

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【斉藤 梢 選】


思い出をふり返るのは脳によし青春貯金暮らしを助く   石巻市渡波/小林照子

【評】私たちは今を生きているけれど、今を生きながら昔のことを思い出す。思い出すことが多い事ほど、しっかりとした忘れることのない記憶になる。時には辛くもなるけれど、心を豊かにしてくれる記憶もある。記憶をたどることは脳トレにもなり、若き日のことをあれこれ思い出すことにより、心も身体もおのずと健やかになることだろう。「青春貯金」は記憶の蓄え。多くの記憶を持つことで心も潤う作者。「暮らしを助く」という心の持ち方に、作者の生き方の指針を見る。


庭に植え日々に眺める草花の息吹聞きつつ春を楽しむ   石巻市駅前北通り/津田調作

【評】春を悦ぶ歌であり、豊かな感性の歌でもある。作者が眺めている「草花」を想像したり、聞いたりしている「息吹」に読者もまた心を添わせたくなる。人間の命と「草花」の命の呼応をこの一首は表現しているとも言える。「息吹」を感じることができる春を、作者はしみじみと味わって、自身の生きる力としているよう。「庭に植え」の「植え」という行為を詠み入れたところがいい。「春を楽しむ」という純朴さが伝わってくる。


文庫棚に肩並べてる「ことりっぷ」昔々のニューヨーク街   石巻市湊東/三條順子

【評】女性向けの小さな旅のガイドブックである「ことりっぷ」。ニューヨークへの旅のために昔求めたのだろうか。ある時代の街の記録である一冊が、作者の文庫棚に立っている。古くなった情報でも恋しい。


亡き父母の回向(えこう)をしつつ親としてまた生まれてと願う吾あり   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】「親としてまた生まれて」に込められている心情が胸を打つ。定型に収められた亡き父と母への思い。詠むことで、さらに強く確かなものになる願い。


朝霞白一色の港街遠山淡く空に浮かべて   石巻市三ツ股/浮津文好

涙して我を送りし妣(はは)想う希望に燃える孫の旅立ちに   東松島市赤井/佐々木スヅ子

潮の香も薄れ干鱈の皮縮れ老いし漁師に春の陽温し   石巻市門脇/佐々木一夫

コロナ禍の寄りあいスムーズ酒のサがどこにもなくて本音歯痒し   石巻市桃生町/佐藤俊幸

春日向出船の波止場赤子泣くまた一年の航海(たび)のはじまり   石巻市中里/佐藤勲

早朝の庭木に小鳥の数の増す餌待ち居るかそれとも木の芽   石巻市南中里/中山くに子

朝霧の包む港に汽笛鳴る無事の入船安堵を知らす   東松島市赤井/茄子川保弘

下萌えの野辺をゆられて市場へと肉牛たちの瞳(め)ただうるはしく   石巻市開北/星のり子

春彼岸渡波歩けば震災から十二年もたちて新しき町へ   仙台市泉区/千葉咲子

午前四時庭に車の音のして息子帰り来夜勤を終えて   石巻市駅前北通り/庄司邦生

このところ一日(ひとひ)の時間長すぎて忙(せわ)しき日々がふっと懐かし   石巻市流留/和泉すみ子

春がすみ菜花摘み取る昼下がりキジ鳴く声に耳傾けて   石巻市桃生町/西條和江

我儘も無理も言わないこの人はいつも控え目我のみ立てて   東松島市矢本/畑中勝治

満開の日和山にてだんごをば頬張る児の手に花びら一片(ひら)   石巻市蛇田/菅野勇