【石母田星人 選】
雉子のこゑ戻らぬものを呼んでゐる 石巻市相野谷/山崎正子
【評】十三回忌の空を震わせるように雉子が鳴く。甲高い声は「戻らぬものを呼んでゐる」のだという。魂を引き裂くような慟哭(どうこく)が感じられる追悼の一句。
補聴器の春の波音うれしがり 石巻市中里/川下光子
【評】喜怒哀楽をじかに言わないのが俳句。そこで代わりに補聴器に喜んでもらったのだ。描写の工夫が成功。初めて使ってみた補聴器なのかもしれない。
山桜放流予告の鳴子ダム 石巻市桃生町/西條弘子
【評】今年は雪解けが早い。例年、大型連休の頃に行われていた鳴子ダムの放流も前倒しされた。早まる予感からか「予告」情報に網を張っていたのだろう。
遠櫻ことんことんと杖ついて 石巻市小船越/三浦ときわ
四月なり静かに木魚鳴り出して 石巻市広渕/鹿野勝幸
蜃気楼ぶつかりさうな舟と船 石巻市中里/佐藤いさを
小女子の声が聞きたや魚市場 石巻市門脇/佐々木一夫
潮騒を聞きたくなりてアサリ掻き 石巻市駅前北通り/津田調作
春泥や土を嗅ぎゐる老農夫 石巻市駅前北通り/小野正雄
仮の宿そつとぬけだす蝸牛 東松島市矢本/雫石昭一
追風を真艫(まとも)に受けて大漁旗 石巻市吉野町/伊藤春夫
黄水仙冷たき雨に立ち竦む 石巻市小船越/芳賀正利
ひと枝のこちら覗きて花の昼 石巻市丸井戸/水上孝子
荷台より楤の芽もらふひと掴み 石巻市蛇田/石の森市朗
さりげなく席をゆずるや鼓草 仙台市青葉区/狩野好子
真夜中の珈琲豆や蔦若葉 東松島市新東名/板垣美樹
初ざくら名刺出す手の背筋のび 東松島市あおい/大江和子
ニュータウンに気づき飛び来る燕かな 多賀城市八幡/佐藤久嘉
薄氷かき分け進むボートかな 石巻市新館/高橋豊
空の高さ日増しに高く巣立鳥 石巻市桃生町/佐藤俊幸
春の街はだかのくちびるまだ隠す 石巻市開北/ゆき
春の闇棘あることば飲みこんで 石巻市流留/和泉すみ子
背伸びして身に惜しみなく春夕日 石巻市元倉/小山英智
盃に花びら浮かべ手酌かな 石巻市三ツ股/浮津文好
晴れわたる空の眩しさ木五倍子咲く 東松島市あおい/下山慶子