【斉藤 梢 選】
外出もままならぬ老いを支えいる短歌(うた)こそ自由な心の世界 石巻市南中里/中山くに子
【評】五句三十一音の短歌という詩型が、作者にとって大切なものであることを、この歌に知る。外出がなかなか難しい日々であっても、心を閉ざすことをせずに、思うという心の自由によって、作者は外の世界と繋がることができる。五月であれば、若葉青葉の木に寄り、その生命を感じ、自身の力とすることもできるだろう。だか、実際に木を見ることができなくても、想像することで、五月の風や、木を感じることができ、詠むことができる。表現するために言葉を探す時間は、心を見つめるかけがえのない時間でもある。
田圃道若葉に触れては笑む幼児(こ)達いとも愛らし皆たんぽぽ 石巻市湊東/三條順子
【評】作者が「いとも愛らし」と詠む、情景がよく伝わって、心が明るくなる。「若葉に触れて」と幼児のしぐさを表現することで、春という季節を共有することもできる。河野裕子に「たんぽぽのぽぽのあたりをそつと撫で入り日は小さき光を収(しま)ふ」の一首があるが、「たんぽぽ」は、その存在を詠みたくなる花だろう。「皆たんぽぽ」という見立てが秀。
疲れとる術ある我は幸せとペン持ち文字を並べ歌にす 石巻市羽黒町/松村千枝子
【評】詠むことが「疲れとる術」であると詠む作者。ペンを持って文字を書く行為によって得られる、心への栄養。文字を並べゆく苦労もあるだろうが、「幸せ」と感じる作者の歌を、これからも読みたい。
スタッフも後期高齢のお花見を押し花として心にとどむ 石巻市流留/大槻洋子
【評】今年の桜との一期一会の縁。上句に表わした現実であれば、なおさら心にとどめたい桜だと思う。作者の一途な思いがこもる「押し花として」。
遥かなる峰の雪解け水の旅里を潤し万物和ます 東松島市赤井/茄子川保弘
鵜が集い北上川が穏やかに春の日差しに水面(みなも)輝く 石巻市不動町/新沼勝夫
夕焼けの濃いところだけ舞台にし群がる白鳥車窓にながむ 石巻市桃生町/佐藤俊幸
鈍色の海を温めて沈む日や津軽の海の漁火淡し 石巻市門脇/佐々木一夫
野も山も燃え立つような春紅葉父よ母よと語りかけたし 東松島市矢本/川崎淑子
物価高重い腰上げ土起こし狭庭に植えるトマト苗買う 東松島市赤井/佐々木スヅ子
散歩道学校帰りの子供等のあいさつ嬉し手を振り送る 石巻市あゆみ野/日野信吾
存分に里山飾り行く春や時節に慣らいお色直しへ 石巻市わかば/千葉広弥
雑草(くさ)取る手暫し休みて目を凝らす姫踊り子草風に乱舞す 石巻市蛇田/菅野勇
前世はたぶん家族だと言う人と続く文通六十余年 石巻市流留/和泉すみ子
三年ごし白根葵が子供連れ初めましてと頭を下げて 石巻市桃生町/千葉小夜子
五月晴頭上に轟音響きけり飛行機雲の淡く棚引く 石巻市三ツ股/浮津文好
春の朝おだやかな日の始まりは雲もゆっくり風もそよろと 東松島市矢本/畑中勝治
穏やかな川の流れや北上のまばゆい光川面に浴びて 石巻市桃生町/西條和江