短歌(5/7掲載)

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【斉藤 梢 選】


春耕の黒土にふれほっとする寝そべるはこべも我も生き生き   石巻市羽黒町/松村千枝子

【評】春の到来を、全身で感じとっている作者。やわらかな春の陽射しを受けて、地に根をしっかりと張っているハコベが、気持ちよさそうに寝そべっている。その様子を近くで見て、「我も生き生き」と詠む。春夏秋冬、人は季節に寄り添いながら生きている。春には春の景を、その気配を、その日々を言葉にすることは、生を確かめることにもなる。耕された土の黒い質感と力を、想像させてくれる上句。土に触れてほっとすると表現する時、静かに春に挨拶している作者か。


風多き町に永らへ桜東風、夕東風、貝(かい)寄風(よせ)よき名知りゆく   石巻市開北/ゆき

【評】春を運んで来る東風である「桜東風」。そして、春先の夕方に東から吹いてくる「夕東風」。季語であるこれらの言葉を知って味わうことの豊かさ。菅原道真の一首「東風吹かばにほひおこせよ梅の花主なしとて春を忘るな」を思い浮かべる人も多いだろう。「貝寄風」は、三月下旬頃に吹く西風のことであるから、作者はさまざまな風の名を心に置いて暮らしているのだろう。


風の道あらがふやうに道ができ風倒木は山の生傷   石巻市流留/大槻洋子

【評】風によって倒された木は、痛々しい。それゆえに「山の生傷」と詠む。山に吹く風、山にできた道、山に立っている木、そして山で倒れた木に自然の在り方を見て感じて、自身の言葉で表現している作者。山を行く時に、山の本当の姿を知る。


いよいよに亡夫の衣服を収めんとポケット見れば二枚の切符   石巻市須江/須藤壽子

【評】亡くなられたご主人様のことを思う日が続き、ある日、衣服の整理をしようと思いたった。ポケットに見つけた「二枚の切符」。記憶を辿る時間が始まる。


ジオラマの指さす先に我が家あり時間(とき)だけ過ぎる季節知らずに   石巻市二子/北條孝子

満開の桜を見れば花の下ポーズをとりに来亡き弟よ   石巻市あゆみ野/日野信吾

冬の身の汚(けが)れを漱ぐ心地してせりを食みたり春の言触(ことぶ)れ   石巻市向陽町/後藤信子

競りの声夜明けの市場震わして景気を願う凜とした顔   東松島市赤井/茄子川保弘

雪解けの滴が小川に流れ込み音軽やかに田んぼ潤す   東松島市矢本/高平但

大波と小波かなでる荒磯のうねりにあそぶ浜千鳥の群れ   石巻市中里/佐藤勲

風の波ひかりの波に嫋やかなやまざくら咲き山は笑いぬ   東松島市矢本/川崎淑子

牧水の生家を訪ね裏山にのぼりて見たり尾鈴の山を   石巻市駅前北通り/庄司邦生

いつしかに庭木の根方雪とけて円(まる)く現わる土の親しさ   女川町旭が丘/阿部重夫

いたずらに吹く風と雨桜散りひとつ終わりし春の楽しみ   石巻市水押/佐藤洋子

終(つい)の日の母を看取りし先生の静かなる笑み労うごとく   石巻市流留/和泉すみ子

春が来てマスクはずして見渡せば花々謳(うた)い物価も跳ね上がる   東松島市赤井/佐々木スヅ子

庭の枝今日はずいぶん揺れてるな目には見えぬが風があるんだ   東松島市矢本/畑中勝治

大学の卒業式に吾のネクタイ締めて出席孫に乾杯   石巻市不動町/新沼勝夫