短歌(6/18掲載)

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【斉藤 梢 選】


天に葉をそり立てこの世の光汲み命をつなぐ花なきチューリップ   石巻市開北/ゆき

【評】チューリップの花は春の象徴。「咲いた咲いた」と歌いたくなるような花の姿は、心を明るくする。花を詠むことが多い春、作者は花のないチューリップに心を寄せている。咲いていた花がないことに、寂しさをおぼえながらも、その葉の表情に生命力を感じて「天に葉をそり立て」と表現する。この「そり立て」という描写に注目したい。そして、さらに「この世の光汲み」と、緑の葉から受ける印象を言葉にしている。美しいだけではないチューリップの逞しさを、この一首に知る。植物の営みには、学ぶことがたくさんある。


会合におさなごひとり加われば部屋の中まで陽の射す如し   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】何かの会合に作者は参加していて、「おさなごひとり」が加わったことにより、その場の雰囲気が緩み和やかになったことを「陽の射す如し」と詠む。この時の様子が無理なく伝わってきて「加わり」と、変化を表現することで「おさなご」の存在がより際立つ。幼い子のかわいらしさを想像するのもたのしい。


春の空雲なく風なく太陽がただ燦々と全てを包んで   東松島市矢本/畑中勝治

【評】春の空を見上げて、太陽の光を感じているひととき。雲のない空の下に居る自分に届く陽の恵み。「全てを包んで」の表現に実感がこもる。太陽の光をありがたいと思える作者。純朴な一首だと思う。


古都古寺の枝折り戸押せば見霽かす市松模様の苔の芸術   石巻市中里/佐藤いさを

【評】敷石と緑の苔の「市松模様」だろうか。作者はその光景を見て、心が動き「芸術」だと思う。「枝折り戸押せば」と行為を詠むことで、その先に広がる景へと読者を導いてくれる。寺の名を入れて詠む方法も。


ぷっくりのえんじの蕾八角蓮(はっかくれん)永らえ三度(みたび)首夏を出合いぬ   石巻市向陽町/後藤信子

雪解けの水が田圃を潤せば快音奏で田植機進む   東松島市矢本/奥田和衛

花蜘蛛の玉のみどりにだまされて鳥肌立てつつ見つめいる我   東松島市矢本/川崎淑子

ジャズ音に合わせて地蔵も歌いだすそんな思いの寺フェスティバル   東松島市矢本/高平但

春(はる)疾風(はやち)吹き荒ぶる日JRの列車運休をスマホにて知る   石巻市駅前北通り/庄司邦生

日々感ず五体の動き緩慢に老いを受け入れあせらず歩む   石巻市不動町/新沼勝夫

いつしかに花は葉になりさへづりは尚にぎやかに日差し歩めば   石巻市流留/大槻洋子

病葉の椿の老木切りをればおのが体を切りたる如し   石巻市門脇/佐々木一夫

老いた吾(あ)を思ったこともなかったにリハビリ室で八十路の春を   石巻市蛇田/菅野勇

母子草狭庭の隅に蔓延るも名前の故に抜くに抜けずに   東松島市赤井/佐々木スヅ子

宮城丸実習終えて帰途につく未来の船乗り皆逞しき   女川町旭が丘/阿部重夫

風そよぎ萌える里山郭公の歌に山藤揺れているかな   東松島市赤井/茄子川保弘

冷蔵庫開ける一瞬生き返る鍬の後にはビールでうなる   石巻市桃生町/佐藤俊幸

吾の朝赤ペン持ちつつ新聞を読んで学んで老いを楽しむ   石巻市流留/和泉すみ子