短歌(6/4掲載)

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【斉藤 梢 選】


深掘りは自分をこわしそうだから明日は歩こう明るい外を   石巻市流留/大槻洋子

【評】「深掘り」は、思い詰めて、自問することなのだと思う。短歌は思いを受けとめてくれる器であるから、自分の気持ちを言葉にして表現しようとしているうちに、心が調うこともある。独りの世界に閉じこもっていないで、「明日は歩こう」と詠む作者。ドアを開けて外に出ると、空の広さと高さや、木々の漲りが作者を迎えてくれる。「明日」とは未来であり、未知でもある。自身と向き合うことで生まれたこの歌は、心の葛藤を真に伝えて、読者をも励ます。


機械化し一家総出の田植え消え静かに田植機のみが働く   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】代かきをする牛の姿と、手で植える人の姿が田にあった昔。作者は、昭和の時代の「一家総出の田植え」のことを思い出している。田植えは重労働でもあるので、人手が要った。機械化が進み、いつの間にか田で動いているのは田植機だけになり、田植機が「働く」という光景に。「静かに」は、寂しくもあるが現実である。今と昔の営みを詠み残す一首。


どこへでも夫婦で行けば何事も人生彩る栞となりぬ   東松島市矢本/菅原京子

【評】夫婦二人で共に過ごすことの大切さを感じての作。連れ添うことへの感謝の気持ちがあるからこその「彩る」だろう。「栞」には、かけがえのない時間が残る。「何事も」と表現する作者であれば、家の近くを散歩することも、小さな二人の旅かもしれない。


わが庭に降りつぐ今日の細き雨緑の色となりて流るる   石巻市蛇田/千葉冨士枝

【評】草木の繁る五月の庭。細い雨が降るのを見ている作者は、その雨が「緑の色」になると詠む。この感覚に惹かれる。雨に色を与えるほどの植物の生命力。


帰港中初認したる灯台の遠き一閃(いっせん)闇を照らしぬ   東松島市矢本/高平但

朝刊の紙面をかざる山つつじ田束(たつがね)の山包み隠しつ   石巻市駅前北通り/津田調作

降る雨に枝を揺らして発つ鳥に生きる一日をまた教わりぬ   石巻市須江/須藤壽子

潮水でぺろり飲み込む牡蠣なれば牡鹿の海の一気飲みかな   石巻市門脇/佐々木一夫

母が逝き院に荷物はこれだけでぽっかりと自由この手のひらは   石巻市開北/ゆき

春の夜ただ煌々と満月が地球の隅々戦いの地もか   東松島市矢本/畑中勝治

花ことば知りてむしょうにうれしくて自分探しにガーベラを描く   石巻市湊東/三條順子

茂りよりあれやこれやの囀りの中に一、二羽よき声のあり   石巻市中里/佐藤勲

当選か落選かなと思いつつ紙面にわが短歌(うた)探す友あり   東松島市赤井/佐々木スヅ子

一日があっという間に過ぎて行く職場を走る我にブレーキ   石巻市水押/佐藤洋子

野良仕事疲れて休む老いわれの五体を癒やす薫る風なり   東松島市赤井/茄子川保弘

青空に見る飛行機によみがえる異国訪ねし遠き日のこと   石巻市駅前北通り/庄司邦生

風の神海神命令したとても優しく吹いてよこの湊町   石巻市渡波町/小林照子

ありがとう墓石に刻む一言に労を労り感謝を込めて   石巻市水押/阿部麿