【斉藤 梢 選】
平鉢にあふれるほどに盛り上がり咲くは石斛(せっこう)あくまでも白 石巻市蛇田/千葉冨士枝
【評】私たちは、日々さまざまなものを見る。作者はこの日、鉢からあふれるように咲いている花を見て、その白に心が動いた。石斛という花との出会いによってこの一首は成る。夏の季語でもある「石斛」について調べてみると、古くから栽培されていて、江戸時代は長生草、大正以降は長生蘭という名で親しまれてきたとある。盛り上がり咲いている石斛の姿を見て、生命力を感じたのであろう。花の歌は、その花をどう見て、何を感じたのかを表現するといい。「あくまでも白」という結句が魅力的で、その「白」が見えるよう。
朝露を踏みてわが来し堤防の霧うごかして草を刈る音 女川町旭が丘/阿部重夫
【評】「朝露を踏みて」として、自らの行為を詠む作者。一歩一歩、自身の歩みを確かめるように堤防まで来たのだろう。朝の静けさの中にひびく「草を刈る音」が霧を動かすようだと、この時に感じ取る。「霧うごかして」の感覚的な表現が優れていて、草を刈る人の存在を読み取ることができる。
遠き日に孫と編みにし花冠白詰草と思い出語らう 石巻市蛇田/菅野勇
【評】白詰草を編んで冠を作ったのは、遠き日のこと。お孫さんとの時間を思い出しつつ、そのことを目の前にある白詰草と語りいる、温かく懐かしいひととき。作者の心の中に今もある編みたての花冠。
なつかしいたぬきケーキや母と食べ子とも食べたりご褒美おやつ 石巻市駅前北通り/工藤幸子
【評】昭和40年代から50年代にかけて流行した「たぬきケーキ」を食べたことを、しみじみと詠む。子どもの頃も、母になってからも食べたという、楽しい記憶。このケーキのファンが増えているという。
草木たち囁きあっているみたい音無き声に風はうなずく 石巻市桃生町/佐藤俊幸
安心の親に見えたか帰る娘(こ)に テールランプが右折してゆく 石巻市流留/大槻洋子
止みしのち息深々と吸いこんで雨上がりの香に肺を満たせり 石巻市あゆみ野/日野信吾
ナイフのような娘(こ)のひとことがあっさりとバターに溶けて会話がつづく 石巻市開北/ゆき
「加齢です」いとも簡単に言う医師よ覚悟はあるも淵に落ちたり 石巻市泉町/佐藤うらら
震災を三十一文字で詠いたり怒り哀しさやがて虚しさ 東松島市矢本/高平但
雨無くば雨乞い口に畑(はた)に立つ長雨なれば無害を祈る 東松島市赤井/茄子川保弘
梅雨晴れ間涼風うけて朝散歩横切る蟻のいと忙しげに 石巻市南中里/中山くに子
ふるさとは津波に遭いて荒れにしをむかしながらのどくだみの花 石巻市三ツ股/浮津文好
朝はやく五月の空に住吉小の運動会の花火とどろく 石巻市駅前北通り/庄司邦生
スマホにてひ孫の顔を目にすれば時代(とき)は変わりぬ昭和は昔 石巻市駅前北通り/津田調作
空っぽの心の中に押し込むはいちごケーキか青春ソング 石巻市流留/和泉すみ子
生きねばと幾年耐えて来たりしか潮風凌ぐ浜昼顔よ 石巻市わかば/千葉広弥
庭眺めゆっくり指を折りながら猫も膝の上のどかな時が 東松島市矢本/畑中勝治