【斉藤 梢 選】
霖雨の間白い蝶々が窓のぞく誰の使いかふと気にかかる 東松島市赤井/佐々木スヅ子
【評】長く雨が続いていて、気持ちも塞ぎがちになりそうな時、その雨がひととき上がって、白い蝶が現れた。「間」は、この歌の場合、雨の晴れ間のことだと思う。蝶を詠んだ歌は多く、その存在は人の心を動かす。この一首は、白い蝶が「舞う」「飛ぶ」とは表現せずに、「窓のぞく」として、その様子を言い、擬人化することで、誰かの使いとして窓に寄るのでは、と詠む。「ふと気にかかる」この時に、心に浮かぶ親しき人たち。白い蝶と出会って、人を思う時間が始まる。
かたくりや二輪草など姿消し夏風わたる里山(やま)のうつろい 東松島市矢本/川崎淑子
【評】春の里山に咲いていた「かたくり」や「二輪草」の花を作者は実際に見て、その姿に心を添わせたのだろう。そして、季節は春から夏へ。里山に来てみると、夏の風がわたり山そのものも夏の装い。「里山( やま )のうつろい」の結句が作者の実感を伝えている。この一首には、四季を愉しむという思いがある。
推敲に推敲重ね詠む短歌言葉はいつか迷路に嵌る 東松島市矢本/高平但
【評】作者と同じような思いを抱いて、歌を詠んでいる人は多いと思う。短歌を作る時の苦悩は、言葉を選ぶことにある。本当に表現したいことは何かと、つきつめてゆくことは尊いこと。どうにかして迷路から抜け出すと、唯一無二の自身の歌が残る。
初蟬の鳴く声聞きて窓を開け早う来たなと蟬と向き合う 石巻市桃生町/千葉小夜子
【評】「窓を開け」という行為を詠んだところがいい。いつもよりも早い夏の到来を、初蟬の声に感じている作者。結句の「蟬と向き合う」の表現が独特。蟬と共に過ごす暑い夏がまた来た。
暗闇に稲妻走り雨激し蒼き紫陽花万華鏡なり 東松島市赤井/茄子川保弘
風光る空を大きく鳶がまうハードル低き幸せが良し 石巻市流留/大槻洋子
棚のもの一人で取りて部屋を去る四歳はわれを起こさぬ背丈に 石巻市開北/ゆき
さわやかな夏の夕べの静のなか補聴器に聞く風鈴の音 石巻市駅前北通り/津田調作
疲れ果て畑の不出来思いすぎ大谷ならばさっさと寝るか 石巻市桃生町/佐藤俊幸
庭隅に毛虫のような赤い虫どんな命の始まりだろう 東松島市矢本/畑中勝治
山鳩を遠くに聞きて急ぎ行く竹落葉道 歯科医へのみち 石巻市向陽町/後藤信子
梅雨晴れのそぞろ歩きの稲田道色鮮やかに立葵咲く 石巻市あゆみ野/日野信吾
お弾(はじ)きかささいなことと弾いては消化不良の時代(とき)を生きいる 石巻市湊東/三條順子
鮪漁終えて帰船の機械場に朝餉の匂い夜明けを知らす 石巻市水押/阿部麿
我がこころ銅のやうにも強くなれ踏みつけられても壊れぬやうに 石巻市駅前北通り/工藤幸子
道ばたの地蔵菩薩の足もとに菫ひと本そそと咲きたり 石巻市駅前北通り/庄司邦生
何気なく古いアルバム紐解けば田植姿のあの日の父が 東松島市矢本/奥田和衛
毎朝のカボチャの受粉楽しみに大きくなれよ美味しくなれよと 石巻市蛇田/菅野勇