短歌(8/13掲載)

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【斉藤 梢 選】


表札は黒き古木となりて今夫の筆なる名をも飲み込む   石巻市羽黒町/松村千枝子

【評】表札をかけて生活を始めた時のことを、作者は覚えていることだろう。「黒き」で表現されているのは年月の長さ。いつしか表札は古木となり、作者も人生を振り返る齢となった。家族の生活を守り、支えてきた表札。今改めてこの表札を見つめて詠むことは、生の時間を確かめて残すことでもある。「夫の筆なる」には、感慨がにじむ。心情は直接的には表現されてないが、「飲み込む」を結句とした作者の思いに、心を添わせたい。家族の歴史を語る大切な表札。


たけのこに似せてキャベツの芯を切る小さな暮しの青椒肉絲   石巻市駅前北通り/工藤幸子

【評】青椒肉絲の具材は、豚肉とピーマンとたけのこだが、作者が切っているのは、たけのこではなくキャベツの芯で、ここに工夫がある。私たちは食べて生きてゆくのだから、日々の調理は欠かせない。あえてキャベツの芯を使ってみたのか、たけのこの代わりとしたのか。この日、作者は青椒肉絲を作りながら、自身の暮しのことを思ったのだろう。味わいある表現の「小さな暮しの」。丁寧な暮しぶりを見るような一首。


音信(おと)絶えて久しい友の訃報聞くこの長雨と別れの語らい   東松島市赤井/佐々木スヅ子

【評】雨が降る音を聞きながら、友のことを思う作者。悲しみが雨音となって心をたたく。下句の表現が独特で、友を失った心の痛みが伝わってくる。別れの言葉を雨に聞いてもらっているのかもしれない。


カッと照るゴッホの如きの太陽を夏は見ぬふり日の出の散歩   東松島市矢本/川崎淑子

【評】ゴッホの描いた「ひまわり」は、太陽の象徴のようでもある。夏の太陽の熱を避けて、日の出に散歩する日々。「カッと照る」の初句が印象的。


夏あした波の間合の水際に晶晶と照るうつせ貝あまた   石巻市中里/佐藤いさを

陸を捨て大海原を満喫の鯨に今もしなやかな指   石巻市流留/大槻洋子

朝空を悠々と飛ぶ鳥一羽海鳥だろう町もいいだろ   東松島市矢本/畑中勝治

いのち継ぐすべに花と葉かじりては日に日に太るなめくじ確かむ   石巻市開北/ゆき

亡き父は手を貸す度(たび)に「ありがとな」苦でなかったよあなたの介護   石巻市流留/和泉すみ子

七月の朝だだっ広い青き空大正生れの人逝くを知る   石巻市湊東/三條順子

雨被害友の安否が気になりて無事の声聞き胸撫で下ろす   東松島市赤井/茄子川保弘

凜とした碧がリアスのおもてなし荒れたことなど無いと凪ぎいる   多賀城市八幡/佐藤久嘉

殻突きて発芽してくる野菜達めげないパワー胃に収めたり   石巻市桃生町/佐藤俊幸

帰るたび改札口ににこにこと迎えてくれし母が懐かし   石巻市あゆみ野/日野信吾

植物も光の方へと葉を伸ばすライムポトスの新芽やわらか   石巻市桃生町/佐藤国代

気がつけば鍬持つ手にも皺が増え数えて見れば九十本に   東松島市矢本/奥田和衛

一日の過ぐる速さを実感し日々の暮らしを悔いなきように   石巻市不動町/新沼勝夫

母に似て陽にかぶれてはと日除け傘向きをクルリと夏に挑戦   石巻市渡波/小林照子