短歌(9/24掲載)

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【斉藤 梢 選】


聞香の深きしじまに快く奏でるような添水のひびき   石巻市中里/佐藤いさを

【評】この日、作者の心に届いた「添水のひびき」。現世の雑音をも遠ざけるような、静かな空間での香を聞くという行為。匂いと音が表現される一首に漂うのは、清と無。日常生活の中で、このような特別な時間を過ごすことのゆたかさ。「聞香」に「ぶんこう」のルビ、「添水」に「そうず」のルビを振る方法も。竹筒が石に当たる時の音を想像すると、読者にも伝わる快さがある。作者と共に「ひびき」を味わいたい。


「面倒くせえ」事ある毎に声を出す老いる五体と睨めっこする   石巻市不動町/新沼勝夫

【評】心情をストレートに表現する作品。短歌という器に言葉を入れる時に、私達はこの言葉は本心を言い得ているのかと、立ち止まることがある。「誠の心」を詠むことにこそ、歌の値打ちがあると説いた与謝野晶子。声に出して言う「面倒くせえ」は、生の声。老いてゆくことを実感しつつ、「睨めっこする」と詠む。生きている今を証明する一首だと思う。


そこの角曲がれば平成もまだ有りそうずっと奥には昭和も有りそう   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】昭和と平成を生きてきたからこそ詠める歌。過ぎ去った時代は懐かしくもあり、その懐かしさに目頭が熱くなることも。遠き日の出来事や風景を、角を曲がることで、ふいに思い出す作者。「そこの角」は、それぞれの心の中にある「角」かもしれない。


退職後ネクタイ結うは珍しく年に一、二度黒使うのみ   石巻市駅前北通り/庄司邦生

【評】出勤前にネクタイを結ぶ時間が、作者にはあった。心を引き締めて一日を始めたのであろう。今は「年に一、二度」で、黒いネクタイを使うのみだと変化を詠む。「黒」で表現するのは現状で、余情がある。


夜明け前二つに割れた雲の間の宇宙(そら)の大河は青深深と   東松島市矢本/川崎淑子

高熱にぐづる児の瞳(め)が探さぬやうこんな顔でも児のそばに据う   石巻市開北/ゆき

助詞ひとつあれやこれやと悩むうち心のとげは薄れるここち   石巻市流留/大槻洋子

息子(こ)らが二人頭かき掻き照れている似てるな俺ら夏のひととき   石巻市流留/和泉すみ子

口中に溢れんばかりのさわやかさ届きしミニトマト朝摘みという   石巻市南中里/中山くに子

トンネルを抜ければ何と濃き靄に登米の山なみ墨絵に似たり   石巻市須江/須藤壽子

酷暑にもめげずに生きる雑草と今日も向きあう汗をぬぐいて   石巻市桃生町/千葉小夜子

夏の夜暗い部屋へと風入れてしみじみ思う幸せな今日を   東松島市矢本/畑中勝治

復興へ確かな匂いの青畳ごろんと大の字押しつけてみる   多賀城市八幡/佐藤久嘉

炎熱に真紅に咲きし薔薇の花誇り高くも花小さげに   石巻市門脇/佐々木一夫

古里はあとかたもなきすがたなれど想い出のシーンよみがえるなり   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

夏祭り笑顔溢れる人の群れ並ぶ露店の掛け声響く   東松島市赤井/茄子川保弘

毎日に新鮮なこと満ちあふれ年甲斐もなくトキメク心   石巻市水押/佐藤洋子

庭からの風の涼しきえんがわや迎え火がわりの花火の束あり   石巻市駅前北通り/工藤幸子