【斉藤 梢 選】
真夏日に部屋深くまで入(い)り込む陽椅子と一緒にあちこち逃げる 東松島市赤井/佐々木スヅ子
【評】作者の行為が生き生きと表現されて、今年の夏の暑さを詠み残す。春夏秋冬の四季の区切りがはっきりしていた頃は、真夏日も一時のことで、暑さを凌ぎつつ夏を味わったことと思う。部屋の深くまで届く陽差しを避けるために、居場所を移ることを「逃げる」として、心情を表したのがいい。「椅子」は座り馴れた一脚で、作者と共に夏を過ごしている相棒だろう。「暑い」とせずに、その実状を詠む方法が印象的。
永久に使わぬことを念じつつ避難タワーの草を刈る人 石巻市流留/大槻洋子
【評】作者はある日、津波避難タワーの周辺の草を刈っている人に気付く。そして、このタワーが永久に使われないことを念じて草を刈っているのだろうと、その「人」の胸の裡を思う。上句の言葉は、そのまま作者の願いでもある。東日本大震災の災禍を、十二年以上経った今も、忘れることはない。疾く逃げねばならないことが、起きないことを強く祈る、その祈りの象徴のような「避難タワー」ではないかと。
銀色に光るすすきのその奥の稲穂のかがやき深みゆくなり 石巻市あゆみ野/日野信吾
【評】一枚の絵というよりは、奥行のある映像を見ているような一首。すすきの銀色と、稲穂のかがやきは、自然からの贈り物のようでもあり、美しく尊い。「深みゆくなり」として、季節の移りゆくことに心を寄せた結句が優れている。
玄関の隅にまだある登山靴津波で錆びたが負けぬと置いてる 多賀城市八幡/佐藤久嘉
【評】「まだある」は、まだ置いているという作者の気持ちがこもる言葉だろう。錆びた登山靴は、作者と共に、震災後を闘ってきた。「負けぬ」にある気概。
延延と真夏日続き草や花熱に焼かれて秋庭侘し 石巻市水押/阿部磨
首都圏を台風過ぎればテレビより消えてしまいぬその後の進路 石巻市駅前北通り/庄司邦生
空澄みて鶏頭ひらき風涼し里は黄金(こがね)の裾を広げる 東松島市赤井/茄子川保弘
夕焼けに染まりて長き我が影は髪無き頭も見事に捉える 東松島市矢本/奥田和衛
いい風が今日は朝から吹いているこうして夏も秋へと移るか 東松島市矢本/畑中勝治
初秋の夜空に響く祭りの音姉さんかぶりのはねこの踊る 石巻市桃生町/西條和江
目をさらうムラサキシキブの鮮やかさ連なりし実の重さに堪えて 石巻市南中里/中山くに子
いくつもの思い出ありて幸せと独りを生きる命を生きる 石巻市流留/和泉すみ子
おかげさまは言って言われて身に沁みて独り暮らしに少しのエール 石巻市桃生町/佐藤俊幸
ラジオから流れし唄は「藤圭子」ふと思い出す十七の冬 東松島市矢本/高平但
海に生き陸に上がりて十五年牡鹿の海の波の音変わり 石巻市門脇/佐々木一夫
都会より家族三人(みたり)の初帰省こよみの斜線のみどりの眩し 石巻市開北/ゆき
群青の空にひときわ白き雲恩師の画集に見かけし色の 石巻市湊東/三條順子
亡き母が植えにし百合が今年また蟬時雨ふる庭に咲きおり 石巻市三ツ股/浮津文好