【石母田星人 選】
吊革にぶらさがりゐる残暑かな 石巻市吉野町/伊藤春夫
【評】つり革を持つのは疲れ切った人間なのだが、ここでは「残暑」がぶらさがっているように読める。収まらない厳しい暑さを見事に表した。俳句は新しい発想が命。写生は抽象化されてこそ真の発見となる。
乳母車に宙をける足花野かな 石巻市開北/ゆき
【評】「宙をける」のはご機嫌な赤ん坊。大げさなこの表現が、花野の広さや心地よさを伝えてくれる。
鬼やんま蝦夷(えみし)の大地横切りぬ 石巻市小船越/芳賀正利
【評】眼前には日本最大のトンボ・鬼やんま。蛾や蜂などを空中に捕らえる肉食で、まさに名の通り鬼。蝦夷の大地に育まれて鬼と化したのかもしれない。
蓮の実の一つ明るき方へ飛ぶ 石巻市桃生町/西條弘子
秋うらら水ぶっかけて舟洗う 石巻市中里/佐藤いさを
定置網の浮標を照らす月明り 石巻市相野谷/山崎正子
電子辞書二つ並べて夜長かな 東松島市矢本/雫石昭一
寒立馬秋の日射しに尻尾ふり 石巻市門脇/佐々木一夫
秋場所の髷の艶濃し力士かな 石巻市丸井戸/水上孝子
泣相撲様子見に来る赤トンボ 東松島市矢本/菅原京子
ビバークの森は夜通し鹿の声 石巻市流留/大槻洋子
子の家は新寺小路月まろし 石巻市蛇田/石の森市朗
仲秋や河川敷からノック音 石巻市新館/高橋豊
沸騰の地球どうなる夏長し 石巻市広渕/鹿野勝幸
復興の新たな町に虫時雨 石巻市恵み野/森吉子
堤防の決壊跡に野良鼠 多賀城市八幡/佐藤久嘉
名月や卵の黄身と指差す子 石巻市元倉/小山英智
つぶ光る高温耐えて今年米 東松島市あおい/大江和子
手に残る新米の香舌つづみ 石巻市桃生町/佐藤俊幸
我が庭に踊るが如し柿紅葉 東松島市矢本/奥田和衛
山粧う俳句談議とモカコーヒー 東松島市野蒜ケ丘/山崎清美
秋彼岸過ぎても空を仰ぐくせ 石巻市渡波町/小林照子
秋桜ギプスは昨日とれました 石巻市小船越/堀込光子
秋が来た秋がきたきた米の飯 石巻市駅前北通り/津田調作
小ぶりでもさんま目力らんらんと 石巻市向陽町/成田恵津美