短歌(10/22掲載)

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

【斉藤 梢 選】


あかあかと秋の夕日のしずむころ土手ゆく人の影うつくしき   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】作者が「うつくしき」と詠む光景を想像してみたい。他者の歌を読んで、その世界を共有することにより、心が展(ひら)かれてゆくことがある。私たちは日常生活の中で、美しさを感じることがあっても声に出して「美しい」と、言うことは少ない。だからこそ、この一首の「うつくしき」は心に響く。短歌という定型があるからこそ、感情や感覚を表現できるのでは。与謝野晶子の「清水(きよみづ)へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき」は、春の歌。作者は、秋の「人の影」に心を寄せる。しみじみとした抒情歌である。


長き夜窓うつ雨に遮られ虫の音色のきれぎれ沁みる   石巻市須江/須藤壽子

【評】夜に聞く虫の声と雨の音。「窓うつ」とあるので、雨は激しく降っていて、その音が虫の声を遮る。「きれぎれ」という表現が的確で、言葉の選び方が優れていると思う。聞こえる「音色」が「きれぎれ」なので、いっそう心に沁みるのだろう。一途に鳴く秋の虫の声を聞く夜、作者の心にも秋が満ちてゆく。言葉にし難い寂しさが漂う、秋思の一首。


月白し赤い糸引く曼珠沙華彼岸の入り日に合わせてぞ咲く   石巻市門脇/佐々木 一夫

【評】月の白と、曼珠沙華の赤のコントラストが印象的。この白と赤の背景には、夜の暗さがある。特徴ある曼珠沙華の花を「赤い糸引く」と描写しているところが魅力。曼珠沙華が咲いて、亡き人を思う作者。


朝起きて膝の機嫌を伺いて今日の予定を小さく立てる   東松島市赤井/佐々木スヅ子

【評】朝起きて、まずは膝の機嫌を伺う作者。実状を詠む歌であり、「今日」を残す歌でもある。「小さく」がこの時の気持ちを、とてもよく表している。


震災の悲惨を叫ぶ写真集むしろモノクロ深部に迫る   多賀城市八幡/佐藤久嘉

炎天下露命を繋ぐ露地野菜テルテル坊主逆さに雨乞う   石巻市桃生町/佐藤俊幸

帆立棚ふじつぼ叩く鎚(つち)の音晴れの浜辺に終日ひびく   女川町旭が丘/阿部重夫

日にみたび尾崎左永子の歌にあふ庭の木槿の白さの悲し   石巻市流留/大槻洋子

夫送り十三年めの秋彼岸われにも見えくる行くべき道が   石巻市南中里/中山くに子

アキアカネ小寒い風に群れ成してりんどう揺れる里を飛び交う   東松島市赤井/茄子川保弘

ショウヘイとユズルの写真剥がしたる壁あと白し十月に入る   石巻市向陽町/後藤信子

新聞に入るチラシは秋模様心の隅に人恋う情が   石巻市不動町/新沼勝夫

短歌習いはじめて五年の浅い日々七十のわれは少年の如し   東松島市矢本/高平但

幾としつき倒れしままの墓ひとつ蟬時雨ふる空を仰ぎぬ   石巻市開北/ゆき

たった2本のきゅうり苗からひと月で百本以上の恵みをもらう   石巻市向陽町/成田恵津美

湯船にて虫の鳴く声耳にして今日の疲れが湯船にしづむ   石巻市桃生町/千葉小夜子

音沙汰のない友偲び歌うのは「同期の桜」気持ちいっぱい   東松島市矢本/畑中勝治

彼岸花咲けば友らの若き顔いまだ消えずにまなこに映る   石巻市駅前北通り/津田調作