短歌(11/19掲載)

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【斉藤 梢 選】


漁火は波の狭間にゆらめきて月中天に浮きて動かず   石巻市門脇/佐々木一夫

【評】描写の歌である。作者が見ているのは漁火と月。漁火はゆらめいていて、月は「動かず」と捉えている。一首の中に収められたこの<動>と<静>。「動かず」は、長く月を見ているからこその表現。作者が見ている光景を想像してみると、漁火と月が心に灯るようだ。秋の月は美しい。その月に心を向けて詠む人は今も昔も、とても多い。月は秋の季語であり、この夜の月を表現する季語は「月澄む」「月清む」だろうかとも思う。闇を渡る月ではなく、動かずに在る月もまた魅力的。秋の夜、この歌を鑑賞するよろこびがある。


畑にて鍬持つ手には皺目立ち九十なるも仕事は楽し   東松島市矢本/奥田和衛

【評】鍬を持つ手には皺が目立つけれども、鍬を持って畑の土を耕すことは楽しい。この素朴さがとてもいい。「九十なるも」の具体があることで、この一首は作者の人生をも語っている。老いを嘆くのではなく、喜びを見いだして日々を暮らしている生きの姿勢を、この歌に見る。歌は人を表すのであるから「九十」に、作者の生きて来たこれまでの道のりを思う。


秋の陽の満ちいる車内の学生ら緊張ほぐるる土曜日の顔   石巻市羽黒町/松村千枝子

【評】秋の日の車内での学生たちの様子が心に残り、この一首が生まれた。結句を「土曜日の顔」で結んだところが斬新。若い人たちの表情を詠み残していて、秋の陽の温みも伝わってくる。


コキア赤い細い路地裏妻の手をひいて散歩す今日も頑張る   東松島市矢本/畑中勝治

【評】コキアが赤く色付いている道を妻と散歩するひととき。短歌だからこそ、ストレートに「頑張る」と表現できるのでは。日常を大切にしている証しの一首。


枯れたかと庭の古木を切り落とせば幹に一筋息あり悔やむ   東松島市赤井/佐々木スヅ子

千切れ雲静かに流れコスモスの揺れる向こうに櫨掛(はぜが)けの稲   東松島市赤井/茄子川保弘

物憂げに鉢の金魚に語るれば厄介そうに古希の吾を見る   東松島市矢本/高平但

早(はや)出漁(だち)の舵を操る少年の跡継ぐ勢(きおい)たのもしくあり   石巻市中里/佐藤いさを

濡れ縁で病の義姉を案じつつ雲の流れと月を見て居り   石巻市清水町/岡本信子

茄子の実の秋の終わりも満々と実りているを有り難く食す   石巻市桃生町/佐藤俊幸

尽くすこと励ますことの喜びを我に教えて母逝きにけり   石巻市あゆみ野/日野信吾

こぼれ種のあさがおの花数多咲き猛暑しのぎて細つる愛し   石巻市須江/須藤壽子

咲ききりの野菊一輪挿す部屋に精一杯の明るさ満ちる   石巻市開北/ゆき

止まり木の柿の木消えて鳥消えて遠い茜が悲しく赤い   多賀城市八幡/佐藤久嘉

我もまたシュレッダー同様時々は過熱し休むためらいもせず   石巻市湊東/三條順子

処分するフィルムカメラでもう一度見たい景色と友の顔あり   石巻市流留/大槻洋子

病棟の大きな窓より見ゆる空希望という名の雲が見えおり   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

孫と読む童話の世界ほのぼのと夢がふくらむ一時楽し   石巻市不動町/新沼勝夫