短歌(12/3掲載)

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【斉藤 梢 選】


十三夜すぎて朝月西空に今日から我は母の歳こえる   石巻市流留/大槻洋子

【評】月が美しいのは秋。今年の十三夜は10月27日だった。十五夜の月も美しいが、少し欠けた十三夜の月も趣がある。「十三夜すぎて」は、月を見上げて、しみじみと亡き母を思う時間があったことを伝える。明け方の空に残っている「朝月」の存在感とはかなさ。「母の歳こえる」には、母よりも長く生きてゆくのだという、深い感慨が表現されている。十三夜の月と朝月に出合えたからこそ、詠むことができた一首。どのように生きてゆくかを自らに問う作者かもしれない。


野分晴の水たまり照るその底に静かなる一葉晩秋を告ぐ   石巻市開北/ゆき

【評】秋の強い風が吹いた後の晴れ間、作者は「一葉」を見つける。陽が射している水たまりの底に静かにある一枚。「晩秋を告ぐ」の捉え方がいい。今年は暑い日が続いたので秋が短いように思えたし、秋の始まりと終わりを感じ取ることは難しくもあったのでは。枯れ葉、紅葉、落葉、という言葉を使わずに晩秋を表現しているところが独特。この一首を読みながら、感受することを大切にして暮らしたいと思った。感性ゆたかな歌。


秋日和静かに川は流れ行く行き先告げず木の葉を乗せて   東松島市矢本/奥田和衛

【評】色づいた木の葉の行方を思いながらの、秋のひととき。静かに流れる川をじっと見て、その流れに人生を重ねている作者か。長く生きてきたからこそ、見えるものがあるのだろう。90歳の秋である。


庭に咲く桔梗の花に亡き母の半襟の色想い佇む   石巻市桃生町/千葉小夜子

【評】母を偲ぶ歌。桔梗の花の色に想う母の半襟。懐かしさと恋しさが作者の心に満ちてゆく。長く深く想っていたくての「佇む」。抒情の一首。


出船から月の満ち欠け数多過ぐ吾子の匂いも潮風に変わる   東松島市矢本/高平但

文化の日不忘山麓紅葉道墓園の父母に今の吾語る   石巻市あゆみ野/日野信吾

さつまいも来たかきたかと食い初めて飯の入らぬ腹となりたり   石巻市駅前北通り/津田調作

砂に書く短歌(うた)の二(ふた)文字波が呑み秋は暮れなむ帰らぬ人よ   東松島市矢本/川崎淑子

宮古から手塩に掛けた乾鮭が届き友情また深まりぬ   石巻市中里/佐藤いさを

秋彼岸すぎて降る雨椎茸の榾木(ほだぎ)を暗くぬらしつつ降る   女川町旭が丘/阿部重夫

追い求めしぶとく描(か)きて存分に私らしさが詰まる絵を観る   石巻市湊東/三條順子

ササニシキ猛暑に耐えて小粒でもうま味守ったと言いて渡される   東松島市赤井/佐々木スヅ子

減反の田んぼに大豆(まめ)の葉枯れがれて見渡すかぎり秋晴れの下   石巻市駅前北通り/庄司邦生

鬼灯は昭和のにおい友の顔鳴らしのうまいあの人いずこ   石巻市渡波町/小林照子

ふと我が短歌を紡いで指折れば時が止まって風も静かに   東松島市矢本/畑中勝治

夫逝きて三年経ても愛用の囲碁のセットは片付けられず   石巻市向陽町/成田恵津美

吾が事を自身で出来る幸せを噛みしめ日々をゆるりと歩む   石巻市不動町/新沼勝夫

遠き日の競技場での応援は孫との思い出心のオアシス   石巻市蛇田/菅野勇