短歌(2/11掲載)

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【斉藤 梢 選】


月半ば揺らぎ続ける能登ゆえにせめて送りたし暁粥を   石巻市南中里/中山くに子

【評】能登半島地震で被災した方へ心を寄せて詠む。1月1日の地震発生で、変わってしまった人々の暮らし。新しい年を迎えての祝う気持ちは、長くは続かなかった。午後4時10分の揺れからの「揺らぎ続ける」という状態は、東日本大震災の揺れを体験した作者には想像できたのだと思う。「暁粥」を調べてみると、宮城県の各地に見られる食習慣で、1月15日の小正月に無病息災を願って食べる小豆粥だという。温かいお粥を食べてもらいたいという願いが伝わる。「せめて」の言葉が切実で、同じ思いを抱く人も多いだろう。


遠き地の我も高台へ逃げようと立ち上がりたり絶叫アナウンス   石巻市駅前北通り/工藤幸子

【評】能登半島地震発生後、津波警報が発令され、女性アナウンサーが「東日本大震災を思い出してください!」「今すぐ逃げること!」と、強い口調で視聴者に避難を呼びかけた。その声に、作者は高台に逃げようと立ち上がった。それほどの「絶叫」だったし、東日本大震災のあの黒い津波の恐怖が、作者の胸を締めつけたのであろう。記憶は今も薄れることはない。


霜降りて凍てつく庭の土やぶりわずかに出るはチューリップの芽か   石巻市駅前北通り/庄司邦生

【評】「土やぶり」の表現がいい。チューリップの芽に気づく作者に見えているのは春。寒さの中を、ひたすらに生きている植物へのまなざしが感じられる。「わずか」を見逃さずに詠む、春を待つ一首。


遠き日に孫よりもらいし消しゴムが忘れたき事消し去るよすがに   石巻市蛇田/菅野勇

【評】心の中に消しゴムを置く作者。その消しゴムは、お孫さんからもらった唯一のもの。生きて行く時の一つの知恵としてある「消し去る」という自浄。


在宅で看取る覚悟し笑顔作る日々弱る父を見る耐えがたさ   石巻市水押/佐藤洋子

冬空に凧も揚がらぬ今の世は空見ることも少なくなりぬ   石巻市あゆみ野/日野信吾

刻々と姿のかはる朝焼けよ確かに言へる言葉がほしい   石巻市流留/大槻洋子

ものの音絶えたる闇の一湾にひしひしといま潮ふくらむ   石巻市中里/佐藤いさを

語らひも耳遠ければ帰省の息子(こ)は口パク「マ・タ・ネ」早早都会(まち)へと   石巻市開北/ゆき

真冬日の托鉢僧の鈴の音(ね)に駆け寄り幼は布施を渡しぬ   東松島市矢本/高平但

小寒に入りていや増す能登の雪遠くにありて祈る他なし   石巻市門脇/佐々木一夫

霜の朝ロウバイ二輪目に留まる光る花びら寒さを忘る   東松島市赤井/茄子川保弘

寄り添って一本に咲くねじり花下から上へ声かけあって   石巻市桃生町/佐藤俊幸

意を決して五千歩目指して出かけるも言い訳探して途中でくるり   東松島市赤井/佐々木スヅ子

庭先の南天の実を啄みて野鳥賑やか生命(いのち)つなぎて   石巻市不動町/新沼勝夫

能登地震凍る最中の支援隊被災地に拡ぐる日本の絆   石巻市わかば/千葉広弥

娘にも言ひたき事があるけれどいつかわかると言葉のみこむ   石巻市流留/和泉すみ子

気象予報だるま並んで坐ってるとうとう真冬日被災地までも   東松島市矢本/畑中勝治