【石母田星人 選】
着ぶくれる海の夕日を見るために 石巻市蛇田/石の森市朗
【評】「着ぶくれ」の季語を使うと、緩慢な動作や滑稽な姿を詠んだ自嘲的な句になりやすい。この句は違う。夕日を見ようとする使命感がユーモアの存在を許さない。ここでは寒さをしのぐためだけの着ぶくれなのだ。滑稽さを捨てた季語の解釈は意欲的で新鮮。
待春や黄色は婆の散歩靴 石巻市中里/川下光子
【評】並んでいるなかで一番目立つのは黄色の散歩靴。春を待ちわびる気持ちが一番強いのもこの靴だ。
春隣釉薬の色明るめに 石巻市新館/高橋豊
【評】陶芸の釉薬。市販のものではなく自分で調合するオリジナルなのだろう。狙いは明るめの春の色。
初山河故里の川豊かなり 石巻市吉野町/伊藤春夫
立春や小川の渕に流れあり 東松島市矢本/雫石昭一
薄氷の軋み流るる運河かな 石巻市小船越/芳賀正利
海恋へば友も恋しき日向ぼこ 石巻市中里/佐藤いさを
雪解川里の棚田は鍬を待つ 石巻市渡波町/小林照子
厳寒の山寝袋に靴も入れ 石巻市流留/大槻洋子
駆けあがる貂の一瞬雪明かり 石巻市小船越/堀込光子
立春の陽差し膨らむ乳母車 東松島市あおい/大江和子
老い二人声密やかに豆を撒き 石巻市門脇/佐々木一夫
小さき路地老いに手頃な雪の嵩 石巻市駅前北通り/津田調作
「おはよう」の声も悴むランドセル 石巻市向陽町/成田恵津美
湖の水面騒がし寒日和 石巻市駅前北通り/小野正雄
猫と笑む話す抱く泣く雪女郎 石巻市開北/ゆき
春隣錠剤ひとつ逃げ出しぬ 石巻市広渕/鹿野勝幸
苔生して馬頭観音冬の月 石巻市元倉/小山英智
参道の観音像や雪しまく 石巻市中里/鈴木登喜子
神杉は避雷針なり一の宮 多賀城市八幡/佐藤久嘉
風花や砂のアートのシンデレラ 東松島市野蒜ケ丘/山崎清美
河口のしぶき氷に陽の欠片 東松島市あおい/下山慶子
初祈願あれもこれもと納札 石巻市桃生町/佐藤俊幸
正月の名残が香る茶碗蒸し 石巻市渡波/阿部太子
喜びをわかち合いたい蕗のとう 石巻市のぞみ野/阿部佐代子