「心臓の弁の障害は手の施しようがありません」
おととし4月、妻は膠原(こうげん)病の合併症で皮膚・筋肉・腎臓そして心臓と機能低下が進み、石巻市内の病院で二人並んで宣告を受けた。
妻は「家に帰りたい」と繰り返し、大型連休前に退院した。私は、二人だけで最期を迎える事が不安で怖かった。
その時は突然やってきた。
退院して20日。午前3時。具合が悪いと起こされ、二人で居間のソファに腰掛ける。珍しく手を握れと言う。左腕で体を支え、ばんそうこうだらけの右手を握り、「旅行に行きたかったね」などと語り合った。
心臓のあたりからザーザーと音が聞こえる。「救急車を呼ぶか」と尋ねると必死に首を振る。
覚悟は決まった。
話しかけても、反応がなくなる。胸の音だけが聞こえる。あれほど恐れていたのに不思議と怖くなかった。妻が退院を切望した気持ちが分かった。2時間後、左腕に重さを感じた。ゆっくり逝かせてやろう。そのままの姿勢で10分...
入院中に高校時代の親友に電話で遺言代わりの弔辞を頼んでいたと、葬式前日に知った。手を握ってもらいながら自宅で静かに逝きたい、と話していたという。もっと優しくできたのではないか。自分を責めた。
「お願いがあるの 私の手を握っていて 怖くないはず そばにいて」
弔辞を聞いて浮かんだ詩に曲を付け、歌を作った。高校時代に覚えたギター。弾くのは40年ぶりだが、指は覚えていた。『お願いがあるの』『忘れてほしいの』。仏壇の写真に向かって2曲弾き語りを聞かせ、たまにしか思いださない事の許しを請う。
「愛」の読み方は変わった。人を愛することは卒業し、今はいとおしむ気持ちを大切にしていたい。歌いながらこぼれる涙もなぜか、いとおしい。
(林光次郎 68歳 豆腐店経営 石巻市中央)
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「愛の物語」応募は、字数が1面「つつじ野」と同じ700字と、原稿用紙1枚の400字の2種類から選ぶ。書式は自由で、メールと郵便で受け付ける。締め切りは1月末から当面延期する。優秀作は朗読会=2月17日(土)午後2時、かほくホール=で紹介する。
随想に題を付け、住所、氏名、年齢、職業、連絡先の電話番号を明記する。郵送先は〒986-0827 石巻市千石町4-42 三陸河北新報社総務部「愛の物語」係。メールはmt.kanno@sanrikukahoku.jp 連絡先は0225(96)0321の「愛の物語」係。