投稿より 「陽だまりの日々」

 今から10年ほど前、自宅浪人を辞め、1人暮らしを始めた。何も持たずに家を出て、入居日に近所のケーキ屋で面接を受け、次の日から働いた。

 ある夜バイトからの帰り道、少し横道へそれた路地に小さな沖縄料理店を見つけた。窓裏の障子に、色とりどりの和紙のようなものが方眼状に張られ、明かりがともってきれいだった。入りやすい店構えではなかったが、のれんから透ける陽(ひ)だまりのような光が手招きしているように思えた。

 深呼吸して戸を引いた。店主らしい女性とカウンター席の男性客が談笑をやめ、こちらをじろりと見た。不審気な視線に一瞬ひやっとした。あいさつすると「どうぞ」と店主が言ったので、その常連らしい客から二つほど席を空け座った。

 その後何を話したかは思い出せないが「うちはね、25歳からなのよ」と帰り際に言われた事は覚えている。当時23歳だった。

 次の日懲りずに「こんばんはー!」と重い戸を勢いよく開けたのは、彼女があきれながらも受け入れてくれることを心のどこかで分かっていたからだ。

 毎日通った。店の文芸誌を出すから何か書きなさいと言われて文章を書き、常連の子とピアノ・バイオリンデュオを組んで彼女のプロデュースの下練習に励んだ。過ごす時間全てがきらめいて見えた。生まれた地であっても居場所のない仙台という街で、十数坪の沖縄料理店が唯一無二の故郷のような場所になった。

 店の名は「ゆんたく」。沖縄の言葉で「おしゃべり」という意味だ。

 そこで出会った人と結婚し、現在は古川という地で3歳の子を育てている。

 人生が楽しいものである事を知り、生きていて良かったと思える。太陽のような彼女と過ごした陽だまりのような日々が今なお、行く道を照らしてくれるおかげである。

(斎藤詩苑 34歳 主婦 大崎市古川)