【斉藤 梢 選】
好天はいっとき悲しみ忘れさす戦地、災害地の人びとも 東松島市矢本/川崎淑子
【評】曇りや雨の日よりも晴れの日のほうが、気持ちが前向きになる。特に冬の時期は、陽射しがありがたい。ロシアがウクライナへの侵攻を始めて2月24日で2年となったこともあり、作者は戦地の人々に心を寄せているのだろう。さらに、能登半島地震で被災した方々のことも思っている。3月1日で発生より2カ月。今も1万人以上が避難を余儀なくされているという。「いっとき」でもいいから、悲しみを忘れることができたらという願いが、この一首にはある。忘れることが「いっとき」もできないほどの悲苦であるから。
片付けをすればする程家広く二月の寒さ心まで沁みる 石巻市羽黒町/松村千枝子
【評】心理を詠む秀作。二月の寒い日に部屋の片付けをしている作者。「家広く」は実感。生活をしている部屋は暖められているけれども、その他の部屋は寒いのだろう。二月の片付けだから寒さが「心まで沁みる」。「片付け」は、特別な「片付け」なのかもしれないし、日々の暮らしの中でのことかもしれない。とにかく寒さの極まる二月は、心もかじかむ。
わが庭の紅燃ゆる南天葉 厳寒の中の鳥のプレゼント 石巻市蛇田/櫻井節子
【評】南天の実を食べた鳥が、その種子を運んでくれたから、この紅の葉は「鳥のプレゼント」。赤い実の南天は「難を転じて福となす」という縁起木でもあるので、なんだか「厳寒」であっても、心が明るむ。
曾孫来て座敷いっぱい遊び居る息子(こ)らも親なり孫も親なり 石巻市駅前北通り/津田調作
【評】「息子(こ)らも親なり孫も親なり」には、しみじみとした感慨があり、「曾孫来て」の初句には、うれしさが。この時の93歳のまなざしは、とても優しい。
震災で浜の眺めの変わりしも磯に降り立ちしおり貝採る 東松島市矢本/高平但
冬空のリボンのやうなオリオンと散歩の季節またはじまりぬ 石巻市流留/大槻洋子
あっそうか 「鈴なり」とうはこのことか冬木に雀群がりており 石巻市駅前北通り/庄司邦生
眠る山に冬芽の息吹感じつつ春の花咲く日を待ちこがる 石巻市あゆみ野/日野信吾
冬の陽の落ちし水面(みなも)の鈍色にすなどり舟の急ぎ帰りぬ 石巻市中里/佐藤いさを
丼にニンニク入れて棚に置く芽の出る様子に五体鼓舞さる 石巻市不動町/新沼勝夫
オオイヌノフグリの花の咲きだして春来る土手の散歩のたのし 石巻市駅前北通り/工藤幸子
畑の土鍬にて起こす暖かさ名残惜しむや日陰の雪も 東松島市赤井/茄子川保弘
亡き夫の隠せしピース探すよに八十路の義姉(あね)とタイムトラベル 石巻市開北/ゆき
彩雲が空いっぱいに輝いて妻を呼び来て二人で縁側 東松島市矢本/畑中勝治
しわのない敷布にほほえむ母を看(み)た思い出に添い寝しているひとり娘(こ) 石巻市湊東/三條順子
良く眠り良く食べしゃべり好き勝手幼児のような老いの一日 東松島市赤井/佐々木スヅ子
庭すずめ風に凍えて羽根縮め早く来い来い桜の春よ 石巻市西山町/藤田笑子
ウォーキング春はそこまで来ているよすましてごらん足音聞ゆ 東松島市矢本/奥田和衛