【石母田星人 選】
霾(つちふる)や慰霊碑の名の連なりに 石巻市丸井戸/水上孝子
【評】霾とは大陸から飛んできた黄砂が降ること。碑に刻まれた名をなぞると指先に黄砂。「この砂粒は長旅をしてあなたの元にたどり着いたのよ」と故人に語りかける。厄介な黄砂だが、その背景には時空間の広がりがある。掲句はそれをうまく詩性につなげた。
沢水にころげ落ちたる藪椿 石巻市小船越/芳賀正利
【評】椿の花の一つが沢水までの斜面を転がった。臨場感ある中七の描写が俳句的感性の深奥に訴える。
クロッカス三月十一日の朝 石巻市桃生町/西條弘子
【評】特別な日の朝。式典に行くため扉を開けると春を告げるクロッカス。その健気さに元気をもらう。
震災を知って白増す花辛夷 多賀城市八幡/佐藤久嘉
辛夷咲く明日に繋がる青い空 石巻市渡波町/小林照子
早春や後ろ姿の山頭火 石巻市駅前北通り/小野正雄
静けさに湧く雲のあり空海忌 石巻市中里/佐藤いさを
半島の細き走り根春の海 石巻市流留/大槻洋子
花ミモザゆつくりと拭く窓ガラス 松島町磯崎/佐々木清司
廃校の轍に残る昭和かな 東松島市矢本/雫石昭一
鶯餅硝子ケースのあと二列 石巻市中里/川下光子
永き日や餅の中にはとちおとめ 石巻市新館/高橋豊
渋沢の伝記の中の桜しべ 東松島市野蒜ケ丘/山崎清美
群青の山を目指して登山靴 石巻市吉野町/伊藤春夫
春雨のすずめに手頃にはたづみ 石巻市広渕/鹿野勝幸
水溜り小さなちっちゃな花筏 石巻市駅前北通り/津田調作
春風に背伸びしている花木かな 石巻市門脇/佐々木一夫
春光を浴びて墓石の照り返し 石巻市元倉/小山英智
被災地に水仙二輪輝いて 石巻市水押/阿部磨
春浅き居久根の景を車窓から 石巻市のぞみ野/阿部佐代子
ミルに飛んで豆放物線四温なり 石巻市開北/ゆき
蒲公英や原っぱいっぱい陽の光 石巻市流留/和泉すみ子
花見酒屋台の端に陣取りし 石巻市湊/斎田流雲
剪定の鋏の音も弾みたり 石巻市向陽町/成田恵津美
北国の春駆け足で通り過ぎ 東松島市赤井/志田正次