【斉藤 梢 選】
祈りとは心の奥に仕舞うもの夕陽を空が包みゆく様に 石巻市駅前北通り/津田調作
【評】暮らしの中で、歌がふっと生まれることがある。心に定型という器を置いて生活していると、その器が言葉で満ちる時がある。作者はこの歌をいつ、何がきっかけで詠んだのだろう。「祈りとは」で始まる作者の思惟の深さ。そして、イメージを見事に言葉で表している下句。現(うつつ)を生きながら、私たちは思いを尽くして祈る。心の奥に仕舞う「祈り」は、一途な願いでもあり、声に出すことなく静かに祈る時、人は強くて優しい。「夕陽を空が包みゆく」実景を想像して、この一首を味わいたい。
震災で亡くなりし人の名を刻む碑に音たてて風の去りゆく 東松島市矢本/高平但
【評】慰霊碑に刻まれた人の名前、その並んでいる名前は生きていたことの証し。「犠牲者の名」という詠み方をせずに「亡くなりし人の名」と表現している作者の追悼の思いが伝わってくる。声なき風の悲しみの声である「音」を聞く作者。慰霊碑に向き、ひとりひとりの名を読む時の心情は、簡単に言葉にできない。風もまた、泣いているのだ。
三月に入りて降る雨おもむろにめぐりの音をつつみつつ降る 女川町旭が丘/阿部重夫
【評】雨を詠む一首。音をたてて降るのではなく、音もなく降るのでもなく、音をつつみながら降る雨。感覚的に雨を捉えている下句に惹(ひ)かれる。「ひと雨ごとの暖かさ」という言葉を思う。
明け方のおだやかな浦波立たせ小舟が急ぎ旬を獲りに行く 女川町浦宿浜/阿部光栄
【評】「波立たせ」と「急ぎ」が呼応している。明け方の浦の様子を丁寧に描写していて、小舟が行くのが見えるよう。「旬を」としたところが秀。
寒風に揺れる梢に蕾あり桜の強さ我にもほしい 石巻市あゆみ野/日野信吾
春の雪椿の花に抱かれて名残は尽きず別れを惜しむ 東松島市矢本/奥田和衛
春の雨静かに冷たく降っている春が足踏みするかのように 東松島市矢本/畑中勝治
三陸の海の恵みに舌をうつ緑鮮やかめかぶの香り 石巻市水押/佐藤洋子
つづけての旧知(とも)の訃報に窓しめて縫ひものばかり冬の終日 石巻市開北/ゆき
水面蹴り鳴き声残し天空へ飛び立つ鳥の生命(いのち)輝く 石巻市不動町/新沼勝夫
種蒔いて発芽せぬとはこれ如何に不揃い知識総動員す 石巻市桃生町/佐藤俊幸
能登の海六年前に訪れし間垣の里のあの宿如何に 石巻市蛇田/菅野勇
銀色のひかりを放つすべり台目指せ公園今日は足慣らし 石巻市湊東/三條順子
白鳥の飛び交う姿目の前で見れる幸せ如月の田面 石巻市桃生町/千葉小夜子
春の雪朝まで降りて積もりたり夕には消える定めの悲し 石巻市三ツ股/浮津文好
ネガティブな思い大きく膨らみて引きこまれゆく眠れぬ夜は 石巻市流留/和泉すみ子
三度めの雪にもめげず水仙のみどり葉伸びるとまどいつつも 石巻市南中里/中山くに子
指差して桜の枝を見る夫婦脇に水仙咲き始めいる 東松島市赤井/茄子川保弘