短歌(4/7掲載)

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【斉藤 梢 選】


祈りとは心の奥に仕舞うもの夕陽を空が包みゆく様に   石巻市駅前北通り/津田調作

【評】暮らしの中で、歌がふっと生まれることがある。心に定型という器を置いて生活していると、その器が言葉で満ちる時がある。作者はこの歌をいつ、何がきっかけで詠んだのだろう。「祈りとは」で始まる作者の思惟の深さ。そして、イメージを見事に言葉で表している下句。現(うつつ)を生きながら、私たちは思いを尽くして祈る。心の奥に仕舞う「祈り」は、一途な願いでもあり、声に出すことなく静かに祈る時、人は強くて優しい。「夕陽を空が包みゆく」実景を想像して、この一首を味わいたい。


震災で亡くなりし人の名を刻む碑に音たてて風の去りゆく   東松島市矢本/高平但

【評】慰霊碑に刻まれた人の名前、その並んでいる名前は生きていたことの証し。「犠牲者の名」という詠み方をせずに「亡くなりし人の名」と表現している作者の追悼の思いが伝わってくる。声なき風の悲しみの声である「音」を聞く作者。慰霊碑に向き、ひとりひとりの名を読む時の心情は、簡単に言葉にできない。風もまた、泣いているのだ。


三月に入りて降る雨おもむろにめぐりの音をつつみつつ降る   女川町旭が丘/阿部重夫

【評】雨を詠む一首。音をたてて降るのではなく、音もなく降るのでもなく、音をつつみながら降る雨。感覚的に雨を捉えている下句に惹(ひ)かれる。「ひと雨ごとの暖かさ」という言葉を思う。


明け方のおだやかな浦波立たせ小舟が急ぎ旬を獲りに行く   女川町浦宿浜/阿部光栄

【評】「波立たせ」と「急ぎ」が呼応している。明け方の浦の様子を丁寧に描写していて、小舟が行くのが見えるよう。「旬を」としたところが秀。


寒風に揺れる梢に蕾あり桜の強さ我にもほしい   石巻市あゆみ野/日野信吾

春の雪椿の花に抱かれて名残は尽きず別れを惜しむ   東松島市矢本/奥田和衛

春の雨静かに冷たく降っている春が足踏みするかのように   東松島市矢本/畑中勝治

三陸の海の恵みに舌をうつ緑鮮やかめかぶの香り   石巻市水押/佐藤洋子

つづけての旧知(とも)の訃報に窓しめて縫ひものばかり冬の終日   石巻市開北/ゆき

水面蹴り鳴き声残し天空へ飛び立つ鳥の生命(いのち)輝く   石巻市不動町/新沼勝夫

種蒔いて発芽せぬとはこれ如何に不揃い知識総動員す   石巻市桃生町/佐藤俊幸

能登の海六年前に訪れし間垣の里のあの宿如何に   石巻市蛇田/菅野勇

銀色のひかりを放つすべり台目指せ公園今日は足慣らし   石巻市湊東/三條順子

白鳥の飛び交う姿目の前で見れる幸せ如月の田面   石巻市桃生町/千葉小夜子

春の雪朝まで降りて積もりたり夕には消える定めの悲し   石巻市三ツ股/浮津文好

ネガティブな思い大きく膨らみて引きこまれゆく眠れぬ夜は   石巻市流留/和泉すみ子

三度めの雪にもめげず水仙のみどり葉伸びるとまどいつつも   石巻市南中里/中山くに子

指差して桜の枝を見る夫婦脇に水仙咲き始めいる   東松島市赤井/茄子川保弘