短歌(5/19掲載)

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【斉藤 梢 選】


満開の下の沼には糸とんぼ小さき命の強さを見せて   東松島市矢本/川崎淑子

【評】桜が咲くと人はその花を見るために、視線を上の方へ向ける。背景を空にもつ桜は美しい。満開の花を見ていた作者は、ふとその花の下の沼を見る。そして、小さな動くものがいることに気づき、その命を見つめる。何を詠むかは、何に心が動いたかで決まるだろう。命を極めて咲いている桜と、命の強さを伝えている「糸とんぼ」。春の一日、作者は「糸とんぼ」の「強さ」に励まされているのかもしれない。


戸むこうに「ここで着がえるのちょっとネー」と五歳が消える五歳のほっぺが   石巻市開北/ゆき

【評】幼子との日常を詠む。「五歳」の成長を知る出来事を、生き生きと表現しているのがいい。恥ずかしさの芽生えとしての二句、三句。ついこの前までは、気にせずに着がえていたのが、この日は違った。「消える」には、作者の驚きも含まれているのだと思う。「五歳のほっぺが」は、とても可愛らしい。愛情ある眼差しで詠むこの歌に、ある日の五歳の幼子の姿が残る。


またの春無きかと思う齢(よわい)にて専修大の桜をめぐる   石巻市南中里/中山くに子

【評】高齢の作者は、また来る春を迎えられるのかという思いを抱く。だからこそ、この春の桜をゆっくりと愛でるために、約490本の桜の木のある石巻専修大学のキャンパス内を「めぐる」。岡本かの子が関東大震災後に詠んだ「桜ばないのち一ぱいに咲くからに生命(いのち)をかけてわが眺(なが)めたり」を思わせる一首。


雨享けてうれしそうなる草花に背中押されて肥料施す   東松島市赤井/佐々木スヅ子

【評】草花の気持ちがわかって「うれしそう」と感じることができる心の柔らかさ。「背中押されて」の具体が効いている。暮らしの中にある草花との親交。


老いたとて何をクヨクヨ悄気て居る本読み短歌(うた)詠みわが夢を呼ぶ   石巻市駅前北通り/津田調作

バイバーイとはるか頭上に手を振る児まっすぐな雲一本残る   女川町浦宿浜/阿部光栄

ああ、あれは連結の音新聞の短歌(うた)で思い出す夜汽車の慕情   石巻市流留/大槻洋子

硝子戸に見ゆるかなたの荒海に北指す船の白き影あり   石巻市中里/佐藤いさを

春風に花弁遊ばす滝山に君を誘い今年も来たり   東松島市矢本/高平但

「元気か?」と問わるるよりもほほえみて「元気そうね」の言葉がうれし   石巻市あゆみ野/日野信吾

幸せの色は何色チューリップにこたえて欲しい日々もありたり   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

先生と呼ぶ声のして辞めたのに俺のことかとあたり見回す   石巻市駅前北通り/庄司邦生

春の空昼のチャイムが響いてる風も穏やか桜散りゆく   東松島市矢本/畑中勝治

子供の日あの日あの頃懐かしく半年すぎれば私は喜寿に   石巻市西山町/藤田笑子

時流れ川も流れて八十路坂思ったよりもきつく身にしむ   石巻市渡波町/小林照子

一重より遅れて咲くは八重桜名残の春を愛しむように   石巻市門脇/佐々木一夫

朝靄に霞む山門参道の密かに咲くやカタクリの花   東松島市赤井/茄子川保弘

夕陽浴び幻想的なこの路は芭蕉通りしみちのくの路   東松島市矢本/奥田和衛