【石母田星人 選】
春が来る野山に太鼓打ち鳴らし 石巻市蛇田/石の森市朗
【評】雪解けとともに山野に足を踏み入れた作者。 そこで感じた春の胎動を「太鼓打ち鳴らし」と詠う。太鼓の音は、母の胎内で聞いていた心臓の音に近いとされる。読む者の原初の記憶にも訴えかけてくる句。
仏飯の山盛り上げる木の芽時 石巻市新館/高橋豊
【評】仏前にお供えする炊きたてのご飯。きょうはいつもより高く盛って召し上がっていただく。庭には故人の植えた木々。どれも芽吹いて春の輝きを放つ。
草朧牛の乳房のおもさうに 石巻市小船越/三浦ときわ
【評】昼の霞(かすみ)は夜になると朧(おぼろ)と呼ばれる。この句の舞台は夜。ぼんやりとした中に牛の存在が際立つ。
飄々と筆うごかして良寛忌 石巻市丸井戸/水上孝子
鯉のぼり風の機嫌のよき日なり 石巻市桃生町/西條弘子
うぐひすや大数珠を吊る太柱 石巻市相野谷/山崎正子
菜の花と海を遠くに波来の碑 松島町磯崎/佐々木清司
桜蕊降るや川村孫兵衛碑 石巻市中里/佐藤いさを
天界の何処で鳴くのか揚雲雀 石巻市吉野町/伊藤春夫
木の根開く名残りと期待ないまぜに 石巻市流留/大槻洋子
花吹雪運河の水面埋めにけり 石巻市小船越/芳賀正利
チェーホフの深き無意味や春の闇 東松島市野蒜ケ丘/山崎清美
雄の雉子五ヘクタールを一喝す 多賀城市八幡/佐藤久嘉
「生きっぺし」一行だけの春便り 石巻市渡波町/小林照子
泣くことも躊躇う菜の花明りかな 東松島市あおい/下山慶子
老眼鏡すこしそらして田植かな 東松島市矢本/雫石昭一
野の力いつも綱引き草若葉 石巻市桃生町/佐藤俊幸
ケーキ屋の小さな跡地春深む 石巻市中里/川下光子
今もあることば聖戦万愚節 石巻市開北/ゆき
落椿乗せてしっとり手の重し 石巻市門脇/佐々木一夫
庭先が今年はじめの草むしり 石巻市広渕/鹿野勝幸
雨上がる山北面の残花かな 石巻市駅前北通り/工藤久之
楊貴妃の眠り誘う花海棠 東松島市赤井/志田正次
カタクリの丘と名付けし寺の坂 石巻市向陽町/成田恵津美
麦の秋心尖りし値上げ波 東松島市あおい/大江和子