短歌(6/30掲載)

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【斉藤 梢 選】


波あとの母のタンスと十三年娘(こ)がひょいと置く粗大ゴミ処理券   石巻市開北/ゆき

【評】津波の跡のある「母のタンス」と、作者は十三年の年月を過ごしてきた。東日本大震災という災禍は、十三年経た今もなお人々の心に痛みを残す。あの時のことと、あれからの日々のことを、この一首は静かに語っているようでもある。捨てないできた、捨てられないできたタンスを処分することにした作者の心情を思う。「娘(こ)がひょいと置く」の「置く」がさりげない。手渡すのではなく「置く」に、母への気遣いが感じられ、読むほどに作者の気持ちに寄り添いたくなる。


ひょいと来た息子を亡夫と錯覚し胸の動悸がしばし止まらず   石巻市向陽町/成田恵津美

【評】突然にやって来た息子さんに、亡きご主人の面影を見たのだろう。「動悸がしばし止まらず」のその実感を、即詠的に詠む。作者の心の中には、いつでも「夫」がいて、だからこその「錯覚」。「ひょいと来た」の初句の置き方が良く、感情を自然体で表現していて「動悸」が読者にも伝わってくる。日常生活の中での出来事を、このように言葉で表わして残せるのは、短歌という器が常に胸にあるから。


ランドセル母にあずけて一年生 草むらいじり幼子になる   石巻市流留/大槻洋子

【評】「幼子になる」という捉え方がいい。草むらを夢中でいじっている時は、幼い姿に戻る「一年生」。「一年生」という具体がとても効いてる。ランドセルを背負っている時の頑張りをも想像できる。


雨に濡れ色を変えずに咲く姿まこと一途な白きアジサイ   東松島市赤井/志田正次

【評】七変化とも呼ばれる紫陽花。咲きながら色を変えるのではない、白一色の紫陽花も魅力的。「白きアジサイ」の姿を「一途」だと詠む。季節感ある作品。


イヤホンをはずして空を見上ぐれば深き鼓動と深き呼吸と   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

雨の日の庭に咲きたる矢車の心深くに沁みいる青さ   東松島市矢本/川崎淑子

地方紙にて短歌仲間の訃報知る遺した作品われの奥底に   石巻市あゆみ野/日野信吾

ほおのきの白の花びら羽根九枚飛びたつように空を眺むる   石巻市湊東/三條順子

夕焼けが胸にぽとりと落つる時浮かびくる海の色さまざまと   石巻市門脇/佐々木一夫

カチカチとメトロノームの音響きポツポツ雨が合わせて歌う   石巻市西山町/藤田笑子

作業着の合羽の破れ繕いて濡れる窓見る雨まだ止まず   東松島市赤井/茄子川保弘

大空にブルーインパルスハート描く恋は成就か儚い愛か   石巻市蛇田/櫻井節子

畑畝に部屋割りをして初蒔きの大豆にそっと黒き土かく   石巻市羽黒町/松村千枝子

震災を生かされた子は反抗期響く言葉を夫婦で探す   石巻市恵み野/森吉子

仏壇の写真はみんな身じろがずじっと今の世みつめているか   東松島市矢本/畑中勝治

純白のドレスを纏うアイスバームバラの宴に妃(ひ)になり出でます   東松島市矢本/田舎里美

老いるとはこういう事かと想いつつ庭に生えたる雑草(くさ)を引き居る   石巻市駅前北通り/津田調作

お手本の百人一首なぞり書き書いては消してようやく一首   仙台市青葉区/石田良子