短歌(7/28掲載)

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【斉藤 梢 選】


静かなる気づかぬほどの夜半の雨南天の葉の輝きに知る   石巻市流留/大槻洋子

【評】降りいる音で雨を知る時もあれば、雨が見えることで降っているのを知ることもある。今年の梅雨の時期は、ザアザアと降る雨音を聞くことが少なかった。作者は静かな夜半の部屋の中で、外は雨であることに気づく。雨の音はしないけれど、南天の葉が濡れていて輝いて見えることで、雨を知る。歌を詠むよろこびは、このようなささやかな気づきを定型に掬(すく)い上げて表現する時に湧くものだと思う。歌の種は、日常生活の中にある。「輝きに知る」の結句が優れている。


梅雨の間に風爽やかに吹き来たり躰(からだ)に褒美と空気吸い込む   東松島市矢本/川崎淑子

【評】雨の日は湿度が高くじめじめとして、何だか体も重く感じられる。梅雨の合間に吹く風の心地良さを表現している、一首そのものが爽やかだ。日々頑張ってくれている身体への、労りと感謝の気持ちを抱いて風を吸い込む作者。風を心地良く感じることができたからこその「躰に褒美」。感受することは大切。


浮雲は徐々に千切れてゆくものか再び見上ぐる空はかがやく   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】雲を見ている時間が作者にはある。「徐々に」で表現されているのは時間の経過。また再び見上げた時には、そこに「浮雲」の存在はなくなっていて、かがやく青が見えた。「千切れてゆくものか」に込められた情感。よろこびも悲しみも空のどこかへと、やがて消えてゆくのだろうか。


月の夜 空を指差す小枝あり小さな庭の木々にも夢が   東松島市矢本/畑中勝治

【評】月と小枝との会話が聞こえてきそうな、童話のような世界。木々の小枝が空を指差しているという捉え方に惹かれる。月の夜、作者も夢を抱くのでは。


百年の孤独のごとき淋しさを救いてくれるは短歌なりけり   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

路地裏に人知れず咲く卯の花の香り淑やか初夏の陽あびて   石巻市桃生町/千葉小夜子

陽をのみて一気咲きだす六月の雨なき藍のあじさい組曲   石巻市開北/ゆき

今日もまた鍬にモミジのマーク付け土寄せするも晩酌楽し   東松島市矢本/奥田和衛

ほおのきが載りし紙面に友の訃報その葉が時の流れに揺れてる   石巻市湊東/三條順子

さりげなく主役を包むスモークツリー助演女優の風格ありて   東松島市赤井/志田正次

下枝を打ちて明るき杉林なかを通れば渋き香のする   女川町旭が丘/阿部重夫

近未来流れる雲の如くして平和の御世に昭和を語る   石巻市駅前北通り/津田調作

風呂場の窓年に一度の鳩の客亡き夫に代わり元気かと言う   石巻市西山町/藤田笑子

一手ずつ将棋の盤の展開に駒の木霊が我にも響く   石巻市桃生町/佐藤俊幸

妹の戒名を書き仏壇の父と並べる今日は初七日   石巻市中央/千葉とみ子

強風に煽られ木々が揺れている風に負けじと肩怒らせて   石巻市不動町/新沼勝夫

昼顔の花の姿は見えずとも海は穏やかカモメ舞い飛ぶ   東松島市赤井/茄子川保弘

桜貝ひろった浜辺はもうなくて海の底へと沈んでいったよ   石巻市流留/和泉すみ子