短歌(8/11掲載)

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【斉藤 梢 選】


女郎蜘蛛真夏の空に張りついて竦む我へと涼を与える   東松島市矢本/川崎淑子

【評】大きな網を張る女郎蜘蛛。その様子がこの一首から想像されて、真夏の空が心に描かれるようだ。「女郎蜘蛛」は夏の季語。光が当たると金色に見える網を「空に張りついて」とする、描写が優れている。張られた網の背景には真夏の空が広がり、この日の暑さを語る。女郎蜘蛛の存在に「竦む」作者。けれども、この作品は「竦む」で終わっていない。結句の「涼を与える」という実感を伝えるために詠んだのだろう。作者にしか捉えることができない真夏の空間。


現実と夢の世界の狭間にて亡き友とわれ緑茶すすりぬ   石巻市渡波/阿部太子

【評】親しい友は、もうこの世にはいない。そう分かっているのに、友に心を寄せて話しかけている作者。「現実と夢の世界の狭間」の表現がこの時の心情を、よく表している。友と作者を引き離してしまう現実と、近づけるという夢の「狭間」で、心は揺れ、友を慕う。「緑茶すすりぬ」は、友への深い思いを伝えていて切ない。友との心と心の繋がりを思う。


海つばめ舞えど舞えども魂魄を見つけたしぐさ見せてはくれぬ   多賀城市八幡/佐藤久嘉

【評】この日、作者は「海つばめ」を長く見ている。あるいは、東日本大震災からの日々に、何度も見てきたのかもしれない。震災で亡くなられた人、行方不明の人の「魂魄」は「海つばめ」にも見えない。そして、作者にも。鎮魂の歌であり、命を見つめる歌でもある。


池の中梅花藻にいま小花咲きメダカの赤ちゃんちとかくれんぼ   石巻市西山町/藤田笑子

【評】池の中でかくれんぼをしている「メダカの赤ちゃん」。動と静が詠まれている。童謡世界を思わせる一首。梅花藻の小花が涼しげで愛しい。


吾を離れ番号つきし細胞は医療の海の一滴となる   石巻市流留/大槻洋子

野草とて花首三十ほどもがれ失明の茎花野にてゆる   石巻市開北/ゆき

泥水を吸いて咲くかな蓮の花わずか四日の栄華儚し   東松島市赤井/志田正次

蒔かぬ種は生えぬを知った夏の朝かぼちゃの花のうるわし黄いろ   石巻市湊東/三條順子

ペン執りて今日を振り向き詩(うた)記し明日の平穏祈る夜なり   東松島市赤井/茄子川保弘

たまさかの海風涼し古民宿あるじ自慢の烏賊の塩辛   石巻市中里/佐藤いさを

ねじ花はか細きながら色添えて紫蘇の鉢中どこから来たの   石巻市蛇田/櫻井節子

卒寿なる施設の母の写真見てポトリポトリと涙が落ちる   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

今朝もまた新鮮野菜食卓に目礼しつつ畑に感謝   東松島市矢本/奥田和衛

夏の夜に蚊帳で遊んだたのしさも蚊帳の匂いも思い出のなか   石巻市あゆみ野/日野信吾

ジェット音トランペットを吹くように鳴り響きつつ空の彼方へ   東松島市矢本/畑中勝治

木漏れ日の青葉の風に日傘ゆれ出で立ち夏の花火待ちわぶ   石巻市錦町/山内くに子

ラジオから流れ聞ゆる「月の砂漠」踊りし貴女病に負けるな   石巻市桃生町/千葉小夜子

梅雨晴れに紫陽花一際艶やかに庭の主役と誇るが如し   石巻市蛇田/菅野勇