短歌(8/25掲載)

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

【斉藤 梢 選】


終日をオリンピックに魅せられて世界の波に揺れいる老は   石巻市南中里/中山くに子

【評】7月26日から8月11日までの17日間の第33回オリンピック夏季大会が終わった。作者がこの歌を詠んだのは、その最中で、パリの選手に届けと「終日」声援を送ったのだろう。「魅せられて」という言葉を選んで感動を伝えている作者。各国の選手の懸命な姿に命の躍動を見ていることを、下句で表現している。オリンピックだからこその「世界の波」。感覚的な「波に揺れいる」が優れている。選手の気迫に圧倒されながらも、活力を得る日々だったのでは。


朝風に桂の若葉からからとキャッチボールの若者の上   石巻市流留/大槻洋子

【評】「からからと」として、音を詠み込んだことにより「飛ぶ」という動詞を使わずに、若葉を表現しているところが良い。「若葉」と「若者」の二つの言葉が呼応していて、朝の風の中にある<動>が描かれている。映像的な一首でもある。「若者の上」の結句は、読者の視線を「若葉」に導き、桂の葉が飛んでいる空間を「上」として区切っていて独特。


亡き母の日傘が小さな日陰くれくるり回して「元気出すね」と   石巻市渡波町/小林照子

【評】母の遺した日傘を今も大切にしている作者。「小さな日陰くれ」は、母を慕う心をも表していると思う。「日陰」は母がかけてくれた言葉かもしれない。夏の暑さにさす母の日傘を「くるり回して」また歩き出すひととき。母と娘の二人の世界がこの歌にはある。


泣き虫は退治しますと強くなり笑顔で暮らす日々を求めて   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

【評】自分の心を見つめること、自分の明日を思うことの大切さ。「求めて」と詠むこの一首が、作者を励まし、これからの日々の支えになることを願う。


軽やかにローカル線が橋渡る暮しに根付くあたたかき音   石巻市あゆみ野/日野信吾

新地図を見ることさえ哀し震災後眼裏に浮かぶ古き家並   石巻市羽黒町/松村千枝子

様々な想いを乗せて今日終える四両電車いま通過する   石巻市蛇田/櫻井節子

ラベンダー紫の香に遊ぶ蝶かくれんぼする白ぞ鮮やか   石巻市湊東/三條順子

海面いま晩夏の色に暮れ初めてはるかに貨物船(カーゴ)ちぢみて消ゆる   石巻市中里/佐藤いさを

懐かしい南部鉄器の風鈴が啄木の短歌ヒラヒラさせて   東松島市矢本/畑中勝治

水田の涼しい風を届けたい都会の子らにクール便にて   東松島市赤井/佐々木スヅ子

夫逝きて八年経ちし八月八日般若湯供え唱える今朝は   石巻市中央/千葉とみ子

伸びるたび切られゆく草は何もせず気にすることも根に持つことも   石巻市桃生町/佐藤俊幸

喜寿なりてメッキも剥がれて素のまんま今日の続きをゆっくり生きよう   石巻市流留/和泉すみ子

向日葵が強い陽射しに文句言う肩寄せ並びてひしめく花壇   東松島市赤井/茄子川保弘

風鈴はからからりんと涼運び一輪挿しに山ユリ飾る   石巻市西山町/藤田笑子

あと一年がんばってみようかじゃがいもの花も咲かない畑に立って   石巻市高木/鶴田敏子

孤独なる月は明け空に薄れつつ未練残すごと雲の御簾(みす)に消ゆ   東松島市矢本/田舎里美