【斉藤 梢 選】
正しいと信じたものに迷うとき朝月淡く心許なし 石巻市流留/大槻洋子
【評】誰かに心の裡を話すように詠んでいる。自分にしか分からない迷いを抱きながら、月を見る作者。「朝月」は淡くて、なんだか頼りなくも見える。月は、時として見る人の心を映す。もし、この時の月が淡いと感じるものでなかったら、作者の気持ちも変わったのかもしれない。昔、和歌を詠んだ人たちも、月を見て思いを深くした。「正しいと信じたもの」の具体は表現されていないが、この一首に込められた心情は、読者に伝わると思う。心の揺れが感じられる心象詠。
音だけのスイカ選びの荷の重さどっちを切るか平和な思案 石巻市桃生町/佐藤俊幸
【評】「どっちを」とあるので、作者の前には二つのスイカがある。食べ頃かどうかは、叩いた時の音でわかるとされているスイカ。もちろん、割ってみて食べてみて知るその甘さ。夏の旬を前にして「荷の重さ」を感じつつも、選択の悩みを「平和な思案」と表現している。この結句がいい。日常生活の中でしみじみと「平和」を感じることの幸。大きなスイカを二つに切る時の感覚をも、思わせてくれる夏を詠んだ一首。
草引きて蟬のぬけがら手に取ればべっ甲色の輝きはなつ 石巻市桃生町/千葉小夜子
【評】蟬のぬけがらを手に取り、あらためて見つめている作者。「べっ甲色」という具体が「ぬけがら」を想像させてくれる。「手に取れば」と、行為を詠み込んだところが優れていて、命を愛しむ心を感じる。
洗濯の干し物かごに蝶止まり干すに干されずじっと見守る 東松島市矢本/畑中勝治
【評】この日この時の蝶の訪れを<恵み>のように思う作者か。「干すに干されず」の静かな時間。やがて飛び去ってゆく蝶と作者との優しいひととき。
樹より落ち地を背にしたる昆虫ら日照り降参秋風を待つ 石巻市須江/須藤壽子
字も曲がり声も小さくなりし今現実認めて生きるしかなし 東松島市野蒜ケ丘/山崎清美
風薫る凪静かなる磯浜は雲丹の開口漁夫らが集う 女川町旭が丘/阿部重夫
ディズニーでピースサインの孫が子産み瞬時に母の顔つきになる 東松島市赤井/佐々木スヅ子
ペディキュアの紺にヨガポーズさっと決め齢(とし)に拮抗のつまさき眩し 石巻市開北/ゆき
「また来るね」闇に溶けゆく孫二人手を振る仕草母そっくりよ 石巻市門脇/佐々木一夫
どうやって食ってゆこうか大きめのソフトクリームの垂れざまを見る 石巻市湊東/三條順子
幾本ももみじは枝に夢のせて木末(こぬれ)はお手をどうぞと伸ばす 東松島市矢本/田舎里美
同級会喜びだけでは済まぬなり米寿の一泊悩む欠席 石巻市羽黒町/松村千枝子
友からの残暑見舞いは写真付き妻の育てた西瓜の自慢 東松島市赤井/茄子川保弘
五所川原吹雪で鍛えしジョッパリの意地の高さかあの立佞武多 多賀城市八幡/佐藤久嘉
成人の祝いにもらいしアルバムのセピア色した写真ひとひら 石巻市高木/鶴岡敏子
大好きなコスモスたちは笑みうかべ虹色花びら揺れて鮮やか 石巻市西山町/藤田笑子
北上川流れおだやか悠々と暮らし支える母なる恵み 石巻市不動町/新沼勝夫