短歌(10/6掲載)

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【斉藤 梢 選】


日々進むぶどうの房の色づきよ老いを忘れて日々を新たに   石巻市南中里/中山くに子

【評】作者は、昨日よりも色づいている「ぶどうの房」を見ている。いよいよ旬を迎えようとしている果実の、そのみずみずしい姿。日々を生きながら老いを感じているのであろう作者に「老いを忘れて」と思わせるほどの「ぶどうの房」の生命力。何かを見て、何かと出合って、考え方が変わることがある。この一首の結句の「日々を新たに」は、作者が自身に向けて送るメッセージのようでもある。色づいてゆく「ぶどう」から受け取る生きる力。柔らかい心を持ち得ているからこそ、このように詠めたのだと思う。


夏草と秋草混じるこの頃の雲のかたちははっきりと秋   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】秋の訪れを「雲のかたち」に感じている作者。いつまでが夏で、いつからが秋なのかという季節の変わり目を意識しようとする、日本人特有のこのゆかしさ。「万葉集」には四季を詠んだ歌が多く、中でも秋の歌が一番多い。作者の視線が空に向けられて、秋の雲を捉える。地上では夏草と秋草が混在しているけれど、今は「はっきりと秋」だと雲に告げられているようだ。


風に乗りジャズメロディーが流れ行くビル街の路地萩も聞き入る   東松島市赤井/茄子川保弘

【評】街の路地にも流れて行くジャズのメロディー。風が運ぶその音を「萩」の花と一緒に聞いている作者。「萩も聞き入る」の表現に趣がある。街に行きわたる心地良いジャズの旋律を想像するのも愉しい。


露草の花で指先染めやれば老いしこころも少し華やぐ   石巻市向陽町/成田恵津美

【評】藍色の花の「露草」。指先をその色に染めたら少し華やぐ心。ささやかだけれど、得がたい感慨を大切にして詠み残している。「少し」を見逃さない感性。


大波に小波おぶさる初嵐海壊されてなげく舟子(ふなびと)   石巻市中里/佐藤いさを

二家族の夏の旅行のドタバタを輪唱にきく星満つる庭に   石巻市開北/ゆき

アスファルト持ちあげながら街路樹はしかと根をはり炎天いきる   石巻市流留/大槻洋子

ほおずきが口紅色してたわわなり秋が来たよとささやきくれる   石巻市西山町/藤田笑子

そうめんの器出番の多い昼だし巻き卵も次点で登場   石巻市湊東/三條順子

この世に出て一週間がすぎたるかなきがらあわれひろいて帰る   石巻市高木/鶴岡敏子

これからの手本になるか病院の待合で見る老いのそれぞれ   東松島市赤井/佐々木スヅ子

夕暮れも間近の頃に電車行く窓一杯に光を抱いて   東松島市矢本/畑中勝治

親となり歳を積みつつ爺となりただ唯想う子らの幸せ   石巻市駅前北通り/津田調作

菜園で初収穫のスイカ玉父に届けと盆棚に置く   石巻市水押/佐藤洋子

いっせいに稲穂のおじぎに迎えられ照れつつ散歩す長月のみち   東松島市矢本/田舎里美

ゆっくりと自分の歩幅確かめて余命を刻む八十路の吾は   石巻市不動町/新沼勝夫

見渡せば田園地帯は黄金色嵐や台風立入り禁止   東松島市矢本/奥田和衛

月もなく星もみえない夜なのになぜか明るき今夜の心   石巻市門脇/佐々木一夫