【斉藤 梢 選】
夏服をしまうにしまえず秋はいつ すっきりしたし気も手も止まる 石巻市西山町/藤田笑子
【評】季節が行き戻りする日々の生活実感を詠んでいて、とても共感できる一首。今年はことに、いつまでも暑い日が続いて、秋の風を感じるのが遅かった。「秋はいつ」の表現は独り言のようで、詠むことにより、その問いかけがしっかりと残る。感覚や感情は、すぐに詠んだほうがいい。定型にうまく収まらなくても、その生まれたての言葉を書き記しておくといいと思う。下句の「すっきりしたし」は、秋に心が向いているからこその本音。季節の変わり目の落ち着かない気持ちを率直に表した、この時季限定の一首。
名も知らぬ草花咲かせ和み居る妻とふたりの小さき庭に 石巻市駅前北通り/津田調作
【評】「妻とふたり」の暮らしを大切にしている作者。この作品を読むと、特別なことだけが歌材となるのではないと気づく。身のまわりにあるものに心を傾けて、心を寄せることの大切さ。「和み居る」ことができるのは幸せなことで、その思いが一首に満ちる。草花の命を見つめながら、作者もまた自分の命を見つめる。「小さき庭」にも、今ごろ秋が来ているのでは。
絵は描(か)けぬそれでも心洗いたく夫婦で行くは倉のギャラリー 東松島市矢本/菅原京子
【評】一枚の絵が人の心を動かす力を持っていることを知っている作者。「それでも心洗いたく」の表現が良い。絵が並ぶ空間へと向かう時の気持ちは、一途なものだろう。心に響く絵と出合えることを願う。
墓石脇に命も紅き曼珠沙華燃ゆるばかりの情熱を噴く 女川町旭が丘/阿部重夫
【評】曼珠沙華の独特な花をどう詠むか。作者は「情熱を噴く」と捉えている。この詠みぶりが印象的だ。「紅き逆睫毛の曼珠沙華」と詠んだのは塚本邦雄。
短歌(うた)詠むは老に残れる宝なり先逝く友を詠じて送る 石巻市南中里/中山くに子
ヤマセ吹き飢饉に泣いた野仏のノミ一刀の粗彫りかなし 多賀城市八幡/佐藤久嘉
シーズン終盤衣装チェンジの入替え戦攻める秋冬守る夏物 東松島市赤井/志田正次
灼熱に花びら捩る鬼ユリはぐぐつと開く闘志見せをり 石巻市開北/ゆき
名も知らぬ小花庭先に咲いている何処から来たか生命継ぎて 石巻市不動町/新沼勝夫
朝の庭昨夜の雨が光ってる大地潤し恵みの秋に 東松島市矢本/畑中勝治
「支那の夜」舞えばそちこち歌声が前に並びし車椅子から 石巻市流留/大槻洋子
ぞっくりと庭に顔出す彼岸花今年は些か冷えが遅れて 東松島市矢本/川崎淑子
夜半に啼き哀れを誘うかコオロギに二階の孫もコホンとひとつ 石巻市須江/須藤壽子
生きてきたそれだけなのにしみじみと酒はやさしく五臓六腑に 石巻市桃生町/佐藤俊幸
果つるまで続く生への営みの平凡を笑う感謝と共に 石巻市渡波/阿部太子
遊歩道雀の母子の口移しそっとそこ退き踵を返す 石巻市わかば/千葉広弥
アナログ派ルーペと字引と目薬と隅に孤独な電子辞書おり 石巻市湊東/三條順子
ローカルのまんが列車は秋の中キャラクター達も手を振り走る 東松島市矢本/田舎里美