短歌(10/20掲載)

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【斉藤 梢 選】


夏服をしまうにしまえず秋はいつ すっきりしたし気も手も止まる   石巻市西山町/藤田笑子

【評】季節が行き戻りする日々の生活実感を詠んでいて、とても共感できる一首。今年はことに、いつまでも暑い日が続いて、秋の風を感じるのが遅かった。「秋はいつ」の表現は独り言のようで、詠むことにより、その問いかけがしっかりと残る。感覚や感情は、すぐに詠んだほうがいい。定型にうまく収まらなくても、その生まれたての言葉を書き記しておくといいと思う。下句の「すっきりしたし」は、秋に心が向いているからこその本音。季節の変わり目の落ち着かない気持ちを率直に表した、この時季限定の一首。


名も知らぬ草花咲かせ和み居る妻とふたりの小さき庭に   石巻市駅前北通り/津田調作

【評】「妻とふたり」の暮らしを大切にしている作者。この作品を読むと、特別なことだけが歌材となるのではないと気づく。身のまわりにあるものに心を傾けて、心を寄せることの大切さ。「和み居る」ことができるのは幸せなことで、その思いが一首に満ちる。草花の命を見つめながら、作者もまた自分の命を見つめる。「小さき庭」にも、今ごろ秋が来ているのでは。


絵は描(か)けぬそれでも心洗いたく夫婦で行くは倉のギャラリー   東松島市矢本/菅原京子

【評】一枚の絵が人の心を動かす力を持っていることを知っている作者。「それでも心洗いたく」の表現が良い。絵が並ぶ空間へと向かう時の気持ちは、一途なものだろう。心に響く絵と出合えることを願う。


墓石脇に命も紅き曼珠沙華燃ゆるばかりの情熱を噴く   女川町旭が丘/阿部重夫

【評】曼珠沙華の独特な花をどう詠むか。作者は「情熱を噴く」と捉えている。この詠みぶりが印象的だ。「紅き逆睫毛の曼珠沙華」と詠んだのは塚本邦雄。


短歌(うた)詠むは老に残れる宝なり先逝く友を詠じて送る   石巻市南中里/中山くに子

ヤマセ吹き飢饉に泣いた野仏のノミ一刀の粗彫りかなし   多賀城市八幡/佐藤久嘉

シーズン終盤衣装チェンジの入替え戦攻める秋冬守る夏物   東松島市赤井/志田正次

灼熱に花びら捩る鬼ユリはぐぐつと開く闘志見せをり   石巻市開北/ゆき

名も知らぬ小花庭先に咲いている何処から来たか生命継ぎて   石巻市不動町/新沼勝夫

朝の庭昨夜の雨が光ってる大地潤し恵みの秋に   東松島市矢本/畑中勝治

「支那の夜」舞えばそちこち歌声が前に並びし車椅子から   石巻市流留/大槻洋子

ぞっくりと庭に顔出す彼岸花今年は些か冷えが遅れて   東松島市矢本/川崎淑子

夜半に啼き哀れを誘うかコオロギに二階の孫もコホンとひとつ   石巻市須江/須藤壽子

生きてきたそれだけなのにしみじみと酒はやさしく五臓六腑に   石巻市桃生町/佐藤俊幸

果つるまで続く生への営みの平凡を笑う感謝と共に   石巻市渡波/阿部太子

遊歩道雀の母子の口移しそっとそこ退き踵を返す   石巻市わかば/千葉広弥

アナログ派ルーペと字引と目薬と隅に孤独な電子辞書おり   石巻市湊東/三條順子

ローカルのまんが列車は秋の中キャラクター達も手を振り走る   東松島市矢本/田舎里美