短歌(11/3掲載)

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【斉藤 梢 選】


芒の穂夕月呼びて揺らめきて声嫋嫋とこほろぎ鳴きて   石巻市門脇/佐々木一夫

【評】作者が見ている秋の光景が想像できる一首。上句は見えるものを詠む。「芒の穂」が揺れているのを見て「夕月」を呼んでいるようだと感受しているところが優れている。下句は聞こえるものを表現していて「嫋嫋」という捉え方が的確で、秋を思わせる。どのように「芒の穂」が揺れているのか、どう「こほろぎ」が鳴いているのかを、言葉を選んで感覚的に詠む。日々の暮らしの中で、何気なく目にしている風景であっても、見方によっては心に残るものになると思う。秋は感覚が研ぎ澄まされる季節なのかもしれない。


便りなき息子はいかにと満月の卓におはぎとすすきとむかし   石巻市開北/ゆき

【評】満月の夜、食卓に「おはぎとすすき」を供えて、息子さんのことを思っている作者。この夜、ふと心の扉が開いて昔のことがよみがえる。子どもと一緒に満月を見上げた夜があったことが、あたたかく懐かしく思い出されたのだろう。結句の「むかし」の一語が印象深い。限定される今だけではなく、長い年月の家族の物語が一首に収められている。


終活を庭の花にもお願いし言い訳しつつ静かに抜きぬ   東松島市赤井/佐々木スヅ子

【評】身の回りを整理しようとして、静かに抜く庭の花。自らが育てた花であるから、抜こうとする時に心が痛む。その心情をよく表している「言い訳しつつ静かに」。「お願いし」には、作者の優しさが。


人間は悩み抜きたるその先に笑う力を見出すものか   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】生き方を模索して、あれこれと思案している時、詠むことにより自身の胸中を探る作者。「笑う力」は生き行くための一つの知恵か。この一首に長く佇む。


島に生(あ)れ海に生かされ歳を積む九十四歳背負いて重し   石巻市駅前北通り/津田調作

車椅子生活なりてリハビリの日々をつむぎて生きるしかなし   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

百舌よ百舌秋は盛りと鳴きくれば短い節で我もなきたし   東松島市矢本/川崎淑子

一点の差し色として選びしを主役のごとく強きその赤   石巻市流留/大槻洋子

トワ・エ・モア寄せては返す秋の海誰もいないね野蒜の浜に   多賀城市八幡/佐藤久嘉

短歌の旅斯くも楽しきものなるかウイスキーより強い陶酔   東松島市矢本/畑中勝治

バス停のベンチに落ち葉イチョウの葉一枚手に取りハンカチに包む   石巻市西山町/藤田笑子

何故だろう記憶残らぬ置いた場所探すも脳トレ開き直りて   石巻市桃生町/佐藤俊幸

おめでとうの言葉と共に頂くは市よりの米寿の手渡しの祝   石巻市羽黒町/松村千枝子

隣家より貰いし煮物頬張りて手作り味に情をいただく   石巻市不動町/新沼勝夫

亡き姉哀し己の余命も知らされずいわしせんべいたべるといいしを   石巻市高木/鶴岡敏子

この夏に育てた野菜皿に盛り礼を言いつつシャッターを押す   東松島市赤井/茄子川保弘

免許返納萎えた足腰鍛えつつ菜園作業稔り楽しむ   石巻市蛇田/菅野勇

ウォーキング途中で会いし小学生頭下げての挨拶可愛い   東松島市矢本/奥田和衛