短歌(11/17掲載)

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

【斉藤 梢 選】


青空も香りするかな菊日和我が心肺も満たされてゆく   東松島市矢本/川崎淑子

【評】よく晴れている秋の日、咲いている菊の花と出合った時に感じたことを詠む。「菊の花が香る頃となりました」という手紙の書き出しがあるように、古くから菊は日本人にとって愛されてきた花。この一首は自身の感覚を大切にしているところが魅力。花を詠む時、その美しさや姿を描写することが多いが、この作品は花を見て「何を感じたか」を言葉を選んで表している。「青空も香りする」「心肺も満たされてゆく」が、秋限定の香りと「菊日和」のゆたかさを伝えている。


松林のなかに入り組む水路あり秋暑き日の水のあかるさ   女川町旭が丘/阿部重夫

【評】松林の中を歩いていて目に入った「水路」。「入り組む」の表現で、その「水路」がくっきりと真っ直ぐに一本あるのではないことがわかる。上句の描写が良い。そして「秋暑き日」だからこそ、水の存在に心が潤ったのだろう。「水のあかるさ」は、濁りなき水を思わせる。水路の水を見て心が動いて生まれた一首。この「水のあかるさ」は、今も作者の心の中に。


登りきり帰りを急ぐ若き日の登山のようだ下山を生きる   石巻市流留/大槻洋子

【評】ある年齢になると、今までの生き方に思いを寄せて、今の生き方について考えることがあるのでは。作者は、詠むことで自身の生き方を確かめている。きっぱりと一首を結ぶ「下山を生きる」を、消極的に「帰り」の人生を捉えているのではないのだと読みたい。


鎮魂の秋の花野に小鳥来る群れを結んで山の空から   多賀城市八幡/佐藤久嘉

【評】「鎮魂の秋の花野」をどう捉えるか。被災地だった場所も今は花野になり、小鳥が訪れるようになった。時が流れても作者の心にあり続ける鎮魂の思い。


またひとつ歳を背負えば身の重し愚知は語らず夕陽を送る   石巻市駅前北通り/津田調作

寄り添いてくれる人あり励ましの明るい声が胸にしみ入る   石巻市あゆみ野/日野信吾

雲作る美人の横顔消えてゆく空の恋人悲しい別れ   東松島市矢本/畑中勝治

人間の欲果てしなきものなれど歩き声出しそれが幸せ   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

浸水の跡の濃くなる壁ふすま同志に思え共に朽ちるか   東松島市赤井/佐々木スヅ子

立ち枯れの彼岸花ひそり看取るのか根元をかこむ二寸の稚(わか)き葉   石巻市開北/ゆき

米不足生命つないだ糅(かて)飯よ亡母の遣り繰り脳裏に浮かぶ   石巻市蛇田/菅野勇

金色のジュータン作りし金木犀土足は禁止我が家の庭よ   東松島市矢本/奥田和衛

マガン群飛来の話題冬便り積もる落葉の彩りの朝   東松島市赤井/茄子川保弘

漁船下りて短歌に出会い六年半日曜朝の新聞待って   石巻市水押/阿部磨

直立のスイバの群れは立ち枯れて静かな諦め抱(いだ)くごとくに   東松島市矢本/田舎里美

今朝は秋空彩りて鳥は舞い風にうれしげにゆれる桜葉   石巻市湊東/三條順子

子離れは正解だったと今思う娘(こ)はたくましく親になりおり   石巻市流留/和泉すみ子

ほおずきの三個絵手紙に寄り添いぬ友の贈り物またお宝に   石巻市錦町/山内くに子