【斉藤 梢 選】
青空も香りするかな菊日和我が心肺も満たされてゆく 東松島市矢本/川崎淑子
【評】よく晴れている秋の日、咲いている菊の花と出合った時に感じたことを詠む。「菊の花が香る頃となりました」という手紙の書き出しがあるように、古くから菊は日本人にとって愛されてきた花。この一首は自身の感覚を大切にしているところが魅力。花を詠む時、その美しさや姿を描写することが多いが、この作品は花を見て「何を感じたか」を言葉を選んで表している。「青空も香りする」「心肺も満たされてゆく」が、秋限定の香りと「菊日和」のゆたかさを伝えている。
松林のなかに入り組む水路あり秋暑き日の水のあかるさ 女川町旭が丘/阿部重夫
【評】松林の中を歩いていて目に入った「水路」。「入り組む」の表現で、その「水路」がくっきりと真っ直ぐに一本あるのではないことがわかる。上句の描写が良い。そして「秋暑き日」だからこそ、水の存在に心が潤ったのだろう。「水のあかるさ」は、濁りなき水を思わせる。水路の水を見て心が動いて生まれた一首。この「水のあかるさ」は、今も作者の心の中に。
登りきり帰りを急ぐ若き日の登山のようだ下山を生きる 石巻市流留/大槻洋子
【評】ある年齢になると、今までの生き方に思いを寄せて、今の生き方について考えることがあるのでは。作者は、詠むことで自身の生き方を確かめている。きっぱりと一首を結ぶ「下山を生きる」を、消極的に「帰り」の人生を捉えているのではないのだと読みたい。
鎮魂の秋の花野に小鳥来る群れを結んで山の空から 多賀城市八幡/佐藤久嘉
【評】「鎮魂の秋の花野」をどう捉えるか。被災地だった場所も今は花野になり、小鳥が訪れるようになった。時が流れても作者の心にあり続ける鎮魂の思い。
またひとつ歳を背負えば身の重し愚知は語らず夕陽を送る 石巻市駅前北通り/津田調作
寄り添いてくれる人あり励ましの明るい声が胸にしみ入る 石巻市あゆみ野/日野信吾
雲作る美人の横顔消えてゆく空の恋人悲しい別れ 東松島市矢本/畑中勝治
人間の欲果てしなきものなれど歩き声出しそれが幸せ 東松島市野蒜ケ丘/山崎清美
浸水の跡の濃くなる壁ふすま同志に思え共に朽ちるか 東松島市赤井/佐々木スヅ子
立ち枯れの彼岸花ひそり看取るのか根元をかこむ二寸の稚(わか)き葉 石巻市開北/ゆき
米不足生命つないだ糅(かて)飯よ亡母の遣り繰り脳裏に浮かぶ 石巻市蛇田/菅野勇
金色のジュータン作りし金木犀土足は禁止我が家の庭よ 東松島市矢本/奥田和衛
マガン群飛来の話題冬便り積もる落葉の彩りの朝 東松島市赤井/茄子川保弘
漁船下りて短歌に出会い六年半日曜朝の新聞待って 石巻市水押/阿部磨
直立のスイバの群れは立ち枯れて静かな諦め抱(いだ)くごとくに 東松島市矢本/田舎里美
今朝は秋空彩りて鳥は舞い風にうれしげにゆれる桜葉 石巻市湊東/三條順子
子離れは正解だったと今思う娘(こ)はたくましく親になりおり 石巻市流留/和泉すみ子
ほおずきの三個絵手紙に寄り添いぬ友の贈り物またお宝に 石巻市錦町/山内くに子