短歌(12/1掲載)

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【斉藤 梢 選】


上品山を去る牛たちよ又来季 山の草らが名残を惜しむ   石巻市南中里/中山くに子

【評】放牧生活を終えて牧場を去る牛たち。作者はこのことを、テレビのニュースか新聞記事で知ったのだろう。10月25日、34頭の牛が石巻市の市営河北上品山牧場での放牧を終えて畜産農家の元へ帰った。この歌は、上品山の牧場の草たちの気持ちになって詠まれている。また来年の春に会いましょうと、牛に話しかけて別れを惜しんでいる牧草たち。知り得た事柄をそのまま記しているのではないこの詠みぶりには、味わいがある。牛たちにそそがれる作者の優しい眼差しも感じられて、心に残る一首。


大空のグラデーションの夕やけは自然の褒美かしばし見とれる   石巻市須江/須藤壽子

【評】作者が「しばし見とれる」と詠む「夕やけ」の美しさ。感動は歌の泉。心の中から湧いてくるものにすぐさま言葉を与えて、定型に収めているところが良い。「グラデーション」を独り占めしているような感覚と、この光景と出合えたことの幸が一首に滲む。思いきって、もっと実感をこめて「吾への褒美か」の四句にする方法もある。


浜辺にて緑のワカメ眺めいる魚がくぐり抜けた森かも   石巻市湊東/三條順子

【評】「浜辺にて」と、まず場所を示していることで作者の視界が想像できる。「緑」の一語と「森」が呼応する、このオリジナルな見立てが印象的だ。「くぐり抜けた」の動きを表す言葉が効いている。


錦木の色付き始めて肌寒し襟に手をやり歩き出す朝   東松島市赤井/茄子川保弘

【評】秋が短く感じられる今年。錦木の色付きに気づいて、急に寒さを感じる作者。「襟に手をやり」と行為を詠み込んだことで「肌寒し」の感覚が際立つ。


今の世を洗うがごとく夕立くる船団みたいな雲わたりゆく   石巻市あゆみ野/日野信吾

雨あがり枝から銀糸銀の露かがよひわたる無人の庭に   石巻市開北/ゆき

電柱に絡まり空へと向かう蔓ジャックが誘う絵本の世界へ   女川町浦宿浜/阿部光栄

秋空に赤いコスモスあと二本足元に紅葉小さきもみじ   石巻市西山町/藤田笑子

先人の知恵と努力の美(は)しきこと網代編みとかこぎんの模様   石巻市流留/大槻洋子

キンモクセイはかないいのち雨に散り金色花の絨毯になる   石巻市高木/鶴岡敏子

「青春は密」薄暮の帰路に何話す背負いカバンは夢でいっぱい   東松島市矢本/菅原京子

秋の日の穏やかな陽に包まれてゆっくり歩くコキア真っ赤に   東松島市矢本/畑中勝治

やうやくに柿むき終へて吊すにも工夫の要りて難儀な作業   石巻市向陽町/成田恵津美

庭小菊たんと手折りて仏壇へ「きくさん」と呼ばれし助産師の母   石巻市渡波町/小林照子

過去よりも今が大事と言うけれどふっと湧きくるあの日あの時   石巻市流留/和泉すみ子

紅葉路いつか来た道なつかしく小鳥の声(うた)にこころ和みて   石巻市飯野/川崎千代子

我が家にも年に一度の秋が来た庭の柿の実見事に熟れて   東松島市矢本/奥田和衛

若枝は母の木しのぐ生(せい)持ちてググッと秋空なお持ち上げる   東松島市矢本/田舎里美