短歌(2/16掲載)

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【斉藤 梢 選】


歳ひとつ積みて重たく想えども餅食む元気と明日があるさ   石巻市駅前北通り/津田調作

【評】年頭の一首。上の句の「重たく想えども」には、94歳の心情が滲む。歳を重ねるという表現ではなく「積みて」とすることによって、老いを消極的に受け入れているのではない姿勢が見える。四句の「餅食む元気」の生き生きとした具体と「明日があるさ」の近未来を見つめる眼差しの力強さと明るさ。老いの実感の「重たく」に屈しない心のバネの持ち主の津田さん。読者をも勇気づける作品だと思う。日々の暮らしを大切にして詠むことが、作者の生の証明。


愁ひなく浮かびてひかる冬雲を伴ひてゆくわれの歩みは   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】この時、見上げた雲の様子に何かを感じたことが、歌の生まれる起点。冬の空に浮かんでいる雲は愁いを纏(まと)わずに光っている。もし、愁いに満ちている雲であれば「伴ひてゆく」という気持ちには至らなかったのでは。空に在る星や雲や虹が、閉じていた心の扉を開いてくれることもあるので「ひかる冬雲」は友のようでもある。冬の日の雲と作者の会話を想像したい。韻律の良さも魅力の一首。


なしとげし仕事に安堵するように夕陽は茜の汗を滲ます   東松島市矢本/田舎里美

【評】「茜の汗」とした捉え方が優れている。夕空が茜色に染まっている光景を目にして、一日を働いた太陽が安堵しているように思えたのだろう。「夕陽」の「汗」を見ることができる作者の豊かな感性。


貴婦人とうクリスマスローズ買い求め敬語で花に優しく語る   石巻市渡波町/小林照子

【評】冬の貴婦人とも呼ばれる「クリスマスローズ」。その一鉢を求めて、白い花に語りかける作者。「敬語で」という一語に込められた思いこそが、優しい。


カツカツと後追いて来る若き人挨拶の声オクターブの差   石巻市南中里/中山くに子

トリムネと笑い話と大根の夕餉のメニュー夫とたのしむ   石巻市駅前北通り/工藤幸子

ため息の一つ二つと増えいるに深呼吸して立ち直りゆく   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

風花を散らす光の眩しさよ春を求めて覗く水仙   石巻市門脇/佐々木一夫

「まあいいか」魔法の言葉幾度も壁乗り越えて明日へと歩く   東松島市赤井/佐々木スヅ子

朝日浴びる北上川の川霧やしばれる今朝も<瀬々の網代木(あじろぎ)>   女川町旭が丘/阿部重夫

通院日ばかり記載のわが手帳四月コンサートの日にははなまる   東松島市矢本/菅原京子

寒空に満月ありて煌々と輝く様(さま)に命洗われる   石巻市不動町/新沼勝夫

冬晴れの霜柱立つ庭先のかすかな芽生え春まだ先に   石巻市桃生町/西條和江

ベランダで親子の雀楽しげに挨拶くれてそっと飛びたつ   石巻市西山町/藤田笑子

庭の木の繁みの中にスズメ達うまく隠れろ今夜も雪だ   東松島市矢本/畑中勝治

初詣石段のぼり息切らす足は進まず海風寒し   東松島市赤井/茄子川保弘

すべらかな肌を晒して風雪に耐へて春待つプラタナスの木   石巻市向陽町/成田恵津美

逝きし子の年数えれば六十こえ老いのわが身も九十となる   女川町浦宿浜/木村くに子