【斉藤 梢 選】
見ぬふりの掃除の手抜き冬の陽がここもここもと嬉々と指差す 東松島市赤井/佐々木スヅ子
【評】冬の暮らしを詠む一首。「見ぬふり」をしているけれど、冬の陽が部屋に差し込むと、見えてしまうものがある。「掃除の手抜き」の具体が、とても正直。寒い時期は、いろいろなことが面倒になったりもするので、この歌を読んでそうそうと頷く人も多いのでは。「冬の陽が」「指差す」という捉え方がいい。少し意地悪なようにも思われる「指差す」だけれど「嬉々と」の表現で、陽射しの明るさがクローズアップされて、汚れや埃に気づきつつも、作者は暖かさに包まれているのかもしれないと想像できて、楽しくもある。
生きている事の喜び賀状書く歳月は友を減らしゆけども 石巻市あゆみ野/日野信吾
【評】年賀状を書きつつも、生きていればこその事と実感する作者。届けることができて、受け取ることができるという生の実感。下の句で表わしている現実があるからこその、上の句の「喜び」の深さと、慎みを含む「喜び」。この時の気持ちに真に添う言葉として選んだのが「減らし」だろう。疎遠になった友のこと、亡くなってしまった友のことをも思いつつ書く賀状。
新しき年を喜ぶ子らの顔見れば嬉しも涙浮かぶほど 石巻市駅前北通り/津田調作
【評】この一首を読んだ人の心に浸透してゆく「涙浮かぶほど」という感慨。「子らの顔見れば」に、新年を迎えた作者のあたたかい眼差しを見る。「嬉しも」という純朴な感情表現に胸があつくなる。
正月飾り華やぐ茶の間にかの波を知る柱、障子鎮もりてをり 石巻市開北/ゆき
【評】作者もまた「かの波」を忘れていないことを伝えている「かの波を知る」。「華やぐ」と「鎮もる」の言葉が、東日本大震災発生からの年月と今を語る。
監督が選手に飛ばすげき受けてたすきリレーが記録を作る 石巻市水押/佐藤洋子
新しき年の面舵(おもかじ)師のことば上手に描こうと決して思うな 石巻市湊東/三條順子
生きているだけで幸せ我が身体もてあましつついとおしくもあり 東松島市野蒜ケ丘/山崎清美
気が付けば古い葉書となりにけり不足を買いに行くも楽しや 石巻市二子/北條孝子
畑にて本年最後の野菜摘み帰りに低く頭を下げる 東松島市矢本/奥田和衛
海鳥のV字編隊飛んで行く朝日に白い体光らせ 東松島市矢本/畑中勝治
境内の子等のカウント大声で新年祝う里の氏神 東松島市赤井/茄子川保弘
ひたすらに歩いた走った生きてきたつまずきながら我が人生を 石巻市流留/和泉すみ子
電車の音夜更けの静けさ朝が来る変わらぬ一日(ひとひ)笑顔で過ごそう 石巻市西山町/藤田笑子
散歩道小さき祠に足止めて子らの安寧祈りまた歩く 女川町浦宿浜/阿部光栄
にぎやかな時はすぐ果て静かなり再びしまうチョコミントアイス 石巻市流留/大槻洋子
間合とり鴨たち止まる吾(あ)もとまるにっこりゆずりて引き返す道 東松島市矢本/田舎里美
「すみませんチクリとします」看護師さんやさしい言葉に安らぎ覚ゆ 石巻市蛇田/菅野勇
初春の天空飛ぶや鳥達の姿まぶしく心高ぶる 石巻市不動町/新沼勝夫